「元始、教会は家であったその7~救い、回復、宣教の家」

聖書箇所;ルカの福音書19:1~10/メッセージ題目;「元始、教会は家であったその7~救い、回復、宣教の家」  今年のはじめは、この年に新型コロナウイルスが拡散しようとは想像もしていませんでした。3月に爆発的に流行しはじめたとき、都会を中心に多くの教会が、集まりを取りやめ、日曜日の礼拝さえも集まらないという、苦渋の決断をしました。  私もそのような決断をしなければならないのではないか……しかし、やはり集まるべきだ、そのようにおっしゃってくださる信徒のみなさまに背中を押され、いえ、何よりも、主ご自身が最初から最後までお守りくださり、感謝なことに、今年はついに最後まで、この礼拝堂での礼拝を一度も欠かすことなくおささげすることができました。ほんとうにハレルヤです。 もちろん、コロナの流行は依然として予断を許しません。私たちは充分に気をつけていく必要がありましょう。それでも私たちが優先すべきは信仰です。つねに信仰の決断、信仰の選択をしていく私たちとなることができますように、主の御名によってお祈りいたします。  今年最後の礼拝の聖書箇所は、「元始、教会は家であった」というテーマのもとに、ルカの福音書19章1節から10節を選ばせていただきました。よく知られている取税人ザアカイのお話です。  今日のみことばを見てみますと、イエスさま見たさに木に登ったザアカイのことを、イエスさまは見つけ、「わたしは今日、あなたの家に泊まることにしています」とおっしゃいました。  ここでイエスさまが「あなたの家」とおっしゃったことに注目しましょう。イエスさまは、みこころに留められた者の家に泊まってくださるお方です。  しかし、このおことばを聞いた人々は、「あの人は罪人のところに行って客となった」と文句を言いました。そう、彼らは文句を言いました。イエスさまがあんな奴の家に行って、しかも泊まるだなんて、不満だったのです。  それでも、この人々の不満のことばは、イエスさまがどういうお方かを言い当てている分、あながち的外れなことばでもありません。いえ、まさしくイエスさまはそのようなお方です。罪人の家に入って客となるお方、それがイエスさまです。  このような不満を口にした者たちがどういう人だったか、聖書は特に語っていません。しかし、確かなことがあります。自分はあんな取税人のような人間に比べればましだ、ちゃんとしている、あんな奴はとんだ罪人だ、大嫌いだと思っている、ということです。  それはどういうことかというと、彼らには罪人の自覚がない、ということです。人と比較して罪がないのだから、自分はきよい、とでも思うわけです。  しかし、そのような者は、イエスさまのことなどいらないと自分で言っているのと同じです。もし、自分は取税人のような罪人だという罪の自覚があったならば、イエスさまにすがります。イエスさまはそのような人を喜んで受け入れてくださいます。  ザアカイはイエスさまのことばを聞いたら、すぐにイエスさまを迎えました。私たちはどうでしょうか? イエスさまをお迎えする準備はできていますでしょうか? 自分の罪深さ、醜さ、きたなさを自覚し、認めることができている人は、イエスさまがお客になって来てくださる方です。あとは、迎え入れる準備をするだけです。  さて、イエスさまが来てくださった場所が、単純にザアカイのもと、だったのではなく、「ザアカイの『家』」だったことに注目しましょう。私たちはついこのお話を、ザアカイという「個人」にスポットを当てて読んでしまってはいないでしょうか。しかし、イエスさまがとどまられたのは、「家」なのです。イエスさまは、「家」において、「今日、救いがこの『家』に来ました」とおっしゃったのでした。  ザアカイの家とはどんな家だったのでしょうか? 2つの可能性が考えられます。ひとつは、ザアカイが独身として暮らしていた家、もうひとつは、ザアカイが家族で暮らしていた家です。  もし、ザアカイが独身だったならば、ザアカイを独り身にさせたのは、彼のその忌み嫌われた職業のゆえであるのは、間違いのないところです。そんな彼のひとりで住む家が、救われ、まことの回復をいただいたゆえ、もうだれかお嫁さんを迎えても大丈夫な家になる、幸せが訪れた、ということになるでしょう。  一方でもし、ザアカイにはすでに家族がいたとすれば、家族はザアカイの立場ゆえに、とても肩身が狭い思いをしていたか、ザアカイのように厚かましくふるまって、ザアカイと一緒に嫌われ者になっていたかしたことでしょう。いずれにせよ、家族はザアカイの職業の悪影響を受けていたわけです。 しかしこのようにイエスさまがザアカイを救ってくださったならば、ザアカイの家族はともに救われ、「取税人の家族」という汚名がそそがれたことになります。 どちらにしても、家族に至るまで救いにあずかったことになるわけです。ゆえに、救いはザアカイひとりに及ぶのではなく、ザアカイの「家」に及ぶ、ということになるわけです。  さて、このザアカイの家の救いは、救いいう形で実現しただけでしょうか? それだけではありません。「回復」、ひいては「宣教」という形ででも実現した、ということも無視できません。  ザアカイはイエスさまを家に迎えたとたん、まったく変わりました。8節のとおり、財産の半分を貧しい人に施し、人から脅し取ったものを4倍にもして返す、と宣言しました。これは、イエスさまを迎えた嬉しさに、できもしないことを口にしたのではありません。それならば、聖書に記録されているわけがありません。彼はほんとうに実行したのです。  ルカの福音書が、このようにザアカイという実名まで挙げて、イエスさまに出会っての回心を告げているということは、その当時のユダヤで、ザアカイという取税人がこんなにも素晴らしく変えられた、という話題で持ちきりだったのではないか、そんなことも想像させます。それは、ザアカイが素晴らしい人であったということではなく、ザアカイを素晴らしくしてくださったイエスさまが素晴らしい、と、イエスさまがほめたたえられ、イエスさまが宣べ伝えられる家となった、ということです。  これは、ザアカイの家が回復したのみならず、宣教に用いられたということを意味します。  これはザアカイ個人の働きではなく、家の働きです。といいますのも、財産というものはザアカイひとりの持ち物ではないからです。 ザアカイが独身だったら、将来のお嫁さんのために取っておく必要があるでしょうし、家族がいたならば、その家族の財産を手離すことになるからです。脅し取った財産を返すのみならず、そのさらに3倍分の財物をつけたり、所有する財産の半分を手離したりするということは、相当な財産を犠牲にすることです。  しかしザアカイがこのようにすることは、ザアカイはいい人だとほめてもらうためではありません。ザアカイをこのように救い、回復してくださった、イエスさまを宣べ伝えるためです。宝よりも大切なイエスさまを宣べ伝えるためならば、いくらでも家の財産をささげる……これが、イエスさまを迎えた家において行われたことでした。  イエスさまを迎えた家……これは、教会へと発展していきました。肉の家族から、同じイエスさまを主と告白するどうしが召されて集められた、霊の家族へと発展します。この家族は、ただ単に自分たちさえ救われて、集まっていればいいという段階にとどまっているだけでは、健康な共同体ではありません。経済的な犠牲を伴ってでも伝道、宣教に出ていく、イエスさまを証しする共同体として成長していくことが求められています。  この働きは個人で行うのではありません。ザアカイは「個人」の財産ではなく、「家」の財産で施しをし、自分を救ってくださったイエスさまを証ししました。同じように私たちは、イエスさまを宣べ伝える働きを、「個人」でするのではなく、「教会」という神の家、神の家族で取り組んでこそしかるべきです。  教会全体が宣教のために祈り、宣教のために財産を分かち、教会のひと枝ひと枝であるお一人お一人が実際に、人々の前にキリストを現すのです。  私は学生時代、キャンパスクルセードの学生メンバーとして「四つの法則」による伝道の訓練を受けたり、昨年は「爆発伝道」の訓練を受けたりしました。しかし、伝道というものは、上手な伝道の方法を身につけさえすればそれで充分なのではありません。 ザアカイは十二弟子のような訓練を受けていたわけではありませんが、イエスさまに出会ったら、あっという間に犠牲を払って宣教する家へと変えられました。要は、どんな訓練を受けたか以上に大切なのは、イエスさまによって罪から救っていただいた感動にあふれているかどうかです。この感動が教会全体で分かち合われることによって、伝道、宣教のわざは前進します。 そういうことからも、イエスさまがザアカイの家で語られたこの10節のみことばに、私たちは注目する必要があります。救いがこの家に来た、私たち教会は、イエスさまによって、この宣言をしていただいている存在です。  イエスさまはそれに続いて、なんとおっしゃっていますでしょうか? 「この人もアブラハムの子なのです」。アブラハムの子というのは、一義的には、アブラハムの子孫として生まれたユダヤ人として、正当な神の子、神の民としての立場を回復した、という意味になります。これでザアカイは、もはやユダヤの裏切り者という扱いを受けることはなくなったわけです。  しかし、それだけならば、ユダヤ人ではない私たちとザアカイに臨まれたイエスさまの救いの御業は、関係ないことになってしまいます。アブラハムの子とはだれでしょうか? それを知るためには当然、アブラハムとはだれかがわかっている必要があります。アブラハムは、肉なるイスラエル人の先祖以上の人です。今年集中してアブラハムのことを学びましたが、アブラハムは、信仰の父です。神さまを信じることそのもので神さまに義と認めていただくという、その道を神さまによって開いていただいた人です。  一見するとザアカイは、そのあまりに大胆な施しの行いが目立つあまり、私たちはこの箇所を斜め読みすると、ザアカイのように多額の施しをすることが救いの条件のように誤解してしまうかもしれません。しかしそれはまったくちがいます。ザアカイは、イエスさまに救われたことが、結果としてそのような行いに実を結んだのであって、行いで神の国に入る権利を買ったのではありません。  ザアカイは、イエスさまを信じて救われたということで、アブラハムにならう人になった、つまり、信仰によって救われ、神の国に入ったということです。ザアカイのこの姿は、私たちにとってのモデルです。  しかし、ここでも注目すべきは、救いはザアカイひとりに及んだのではなく、ザアカイの「家」に及んだ、ということです。アブラハムの子、つまり信仰によって義と認められ、天の御国に入れていただいた家長の治めるこの家庭が、やはり信仰をもって救いに入れられる、というわけです。  元始、教会は家であったという主題で毎週お話ししてまいりましたが、私たちはこの礼拝が終わりましたら、それぞれの家に帰ります。そのご家庭での立場はさまざまでしょう。家長の立場におられる方もいれば、奥様、お子さん……さまざまです。 しかし、忘れないでいただきたいのは、私たちは救われている、つまり、アブラハムの子という立場をいただいている以上、そのそれぞれが属している家に対し、救いへと導く権威が与えられている、ということです。  現実を見てみますと、ご家庭での立場は弱いから救いに導くなんてとてもとても……と思われるかもしれません。しかし、ザアカイのことを考えてみてください。ザアカイがもし家庭を持っているならば、ザアカイはその立場のゆえに、家族からも忌み嫌われ、家族の中で発言する権限もなかった、などという可能性も考えられはしないでしょうか? しかし、その家庭はア

主イエスを礼拝する家

聖書箇所;マタイの福音書2:1-12  説教題目;主イエスを礼拝する家 あらためまして、クリスマスおめでとうございます。 クリスマス礼拝ともなりますと、クリスマスの物語を語るのが常です。クリスマスの物語を語るとき、だいたい、2組の礼拝者の群れについて語ります。一方は羊飼いたち、もう一方は東方の博士たちです。今日のクリスマス礼拝では、東方の博士たちについて、「元始、教会は家であった」というテーマでお話ししたいと思います。それではさっそくまいります。 まずは1節と2節のみことばを見てみましょう。いわゆる「東方の博士たち」です。何者でしょうか? 新共同訳聖書という聖書を読みますと、かれらのことをかなりはっきりと書いています。「占星術の学者」。 そう、彼らは星占いをする人です。おやおや、と思いませんか? 言うまでもないことですが、聖書のみことばは星占いの類の占いを固く禁じています。それはまことの神さまに敵対する、極めて霊的なものと理解されています。しかし、主は、そのような人たちの中から、まことに主を信じ礼拝する人たちをお選びになったのでした。 私たちクリスチャンは聖書の民として、星占いのようなことをする人にきびしい目を向けるかもしれません。しかし、彼ら東方の博士たちはどうだったのでしょうか? ただの偶像礼拝者ではなかったことは、この2節のみことばから明らかです。彼らは、はるばる東方から旅をしてきてきました。それは、ユダヤ人の王として生まれる方を礼拝するためであったということでした。そのために彼らは、王さまであるヘロデにまで謁見したのでした。 なんと彼らは、星占いの人たちでありながら、ほんとうに礼拝すべきお方はユダヤ人の王として生まれるメシアであって、その礼拝のためにはどんな犠牲も惜しむべきではないということを、彼らなりの研究の中でちゃんと学んでいたのでした。学ぶだけではなく、実際に礼拝しに旅をするという形で、みごとに実践にまで移していたのでした。 これは驚くべきことではないでしょうか? イエスさまを礼拝することとは全く関係のなかったような人、それどころか、ほかの宗教を窮めるような人の中から、神さまは未来の礼拝者を起こされるのです。 今日の箇所の博士たちを見ると、神さまはそんなおひとりおひとりのことを、実はご自身を礼拝する存在として選んでいらっしゃると考えることはできないでしょうか? 今年は残念ながら、あまり大々的にクリスマスをお祝いできないで今日を迎えました。しかし、私たちの周りから、そのような礼拝者が起こされると考えてみてはいかがでしょうか? 私たちがそうしたように、まだイエスさまに出会っていない方々も、こころ素直に、神さまの選びを受け入れていただきたい、そう願って、謙遜におひとりおひとりに仕える私たちとなりますように、主イエスさまの御名によってお祈りいたします。 さて、その東方からのお客のことばを聞いたユダヤの反応はどうだったでしょうか? 3節です。……どういうことでしょうか? 本来ならば主の民であるはずのユダヤ人ならば、王から庶民に至るまで、この知らせを聞いたとたん、ついにみことばのとおりに救い主がお生まれになることを、大喜びしたはずです。 しかし実際は、王も民も不安を抱いたのでした。それはなぜでしょうか? それは、本物のユダヤ人の王が現れることで、いまとりあえず平和を保っているヘロデの治世が転覆することを、王も民も恐れたからでしょう。 しかしそれでは、ほんとうの意味でメシアを待ち望んでいることにはなりません。どんな時代であろうとも、メシアを待望すべき民、それがユダヤ人だったはずではないでしょうか。この恐れ惑う姿を見ても、いかにその当時のユダヤがみこころから遠く離れていたか、わかろうというものです。 不安になったヘロデは、ひとつのアクションを起こします。4節から8節です。……ここで祭司長や律法学者たちは、メシアはユダヤのベツレヘムで生まれることを、旧約聖書ミカ書のことばから告げています。 彼らにもわかっていたのです。しかし彼ら宗教指導者たちは、自分たちの仕えている主が送ってくださったはずのメシアに会いに行かなかったのでした。会いに行ったのはあくまで、東方の博士たちであって、彼らではありませんでした。彼らは聖書を教える指導者でありながら、信じていなかったのでしょうか? もっとも、彼ら祭司長や律法学者たちは、会いに行こうにもできない事情がありました。折しも、ユダヤを含む全ローマ帝国には、住民登録が布告されていました。そのため彼ら宗教指導者たちは、エルサレムを離れることができなかったのでした。 そもそもイエスさまがベツレヘムでお生まれになったのだって、ヨセフとマリアが住民登録のために先祖の町に行ったからでした。ユダヤ人は、どんなにイエスさまのお誕生をお祝いしたいと思っても、住民登録のせいで、ベツレヘムに先祖がいる人を除いてイエスさまに会うことは許されません。 エルサレム神殿にて神さまに仕える宗教指導者はなおのこと、エルサレムを離れるわけにはいきませんでした。イエスさまに会うために自由に旅ができるのは、彼ら東方の博士たちたちのような、ローマ帝国の支配下にない人だけです。 ともかく、メシアがベツレヘムに生まれることを知った一方でヘロデは、今度はメシアの年齢を知ろうとします。星がいつ出現したのか、占星術の学者たちに尋ねたのでした。そのことによってヘロデは、その子が生まれたばかりの赤ちゃんだということを知りました。 そしてヘロデは、その子のことを詳しく調べて報告するように占星術師たちに言いました。ヘロデはその理由を、自分も行って拝むためだと言っています。 しかし、それをヘロデが知りたがったのも、もちろんイエスさまのことを葬り去るためです。ベツレヘムにいるそれくらいの年齢の子どものことを詳しく知ったら、あとはその子どもを殺してしまえばいいわけです。 実際ヘロデはあとになって、ベツレヘムの2歳以下の男の子を皆殺しにしました。ひとりくらいメシアがまぎれていれば、結果的にメシアは死に、ヘロデの王権が保たれると思ったからでしょう。まったく、とんでもない話です。 結局、主がご介在されて、イエスさまは守られたわけですが、その陰で多くの子どもたちが犠牲になりました。救い主を葬り去ろうとするサタンの勢力が、暴君ヘロデを用いて暴れ回ったわけです。 ともかく、異邦人である博士たちにも、旧約聖書のミカ書のみことばが開かれました。彼らの目指すべき地はベツレヘムであることを知り、彼らはベツレヘムに向けて再び出発します。しかし彼らには問題がありました。具体的に、ベツレヘムのどこに行けばいいかがわからなかったからです。しかし、そのような学者たちに、主はどのような導きをくださいましたか? 9節と10節です。 実に不思議な現象が起こりました。それでも、彼らは星については専門家の中の専門家です。これこそ主の導きと確信しました。それだけの説得力を持って、主は彼らを導かれたのでした。 主は、人を召されるとき、しばしばその相手に最も近しい存在をお用いになります。彼らにとって最も通じている存在は、「星」です。人の考えではけっして動くはずがないものです。しかし主は、天の星を不思議に動かして、星のことならば何でも知っている星のプロたち、博士たちのことを礼拝者としてお導きになりました。 さて、ついに東方の博士たちは、イエスさまのおられる場所にまでたどり着きました。そこはどこかというと、ベツレヘムの「家」だったとあります。 これは具体的に言えばどこでしょうか? 私たちはクリスマスの物語から、ついここのことを「馬小屋」と考えてしまうかもしれません。私もかつてその前提で、馬小屋の汚い地面にひれ伏した博士たち、なんてメッセージを語ったことがありましたが、「家」と書いてあると、そこは馬小屋とはかぎらないことが分かります。 これが馬小屋ではなく、「家」という建物だとすると、こう考えられないでしょうか? マリアは、産後の養生のためにまだしばらくベツレヘムにとどまる必要があった。その間に、住民登録を終えたユダヤ人たちはみな自分の住所へと帰り、宿屋に空きができて、もうマリアたちは馬小屋にいる必要がなくなって、それこそ「家」に入ることができた……。 いずれにせよ、このイエスさまを産んだ聖家族がとどまっている場所を「家」と表現している聖書のことばに、私たちは注目する必要があります。そこを単なる空間と考えたら、「宿屋」と言うべきでしょう。しかしここは「家」なのです。なぜかというと、イエスさまを産んだ「家族」がいるからです。 つまり、東方の博士たちは、宿屋に来たというよりも、イエスさまの家族に招かれたということです。建物よりも重要なものは、家族というつながりであり、そこに人を招くことが、教会の原型、そして、教会の実体です。 私たちにも同じことが言えます。私たちが現にいるこの場所は、「礼拝堂」というよりも、「教会」と呼ぶのが普通です。「礼拝堂」というとそれは「建物」を指しますが、「教会」は、建物ではなく「家族」、「共同体」です。イエスさまを信じる信仰によって、同じ天の父なる神さまをお父さまとお呼びしてお従いする、霊の兄弟姉妹の群れです。切っても切れない関係にある有機体です。 例年、クリスマスともなりますと、うちの教会は祝会を開き、フルートのコンサートを開催しました。これは、礼拝堂で行うイベントにボランティアで人々を招いたということではありません。そうではなくて、私たち主にある家族が、この家族に交じっていただくように、お客さまをお呼びした、ということです。 お客さまはもともと、クリスチャンではない方もいっぱいいらっしゃいます。しかし、最高の時間を過ごし、その貴重な時間を神さまにささげていらっしゃいました。そのお姿はまるで、東方の博士たちのようでした。 それでは、東方の博士たちはどのようにしてイエスさまを礼拝したのでしょうか? 11節です。彼らはイエスさまに、黄金、乳香、没薬を贈りました。この贈り物は、イエスさまがどのようなお方かということを象徴的に言い当てていました。 黄金は何でしょうか? イエスさまが王であることを示しています。列王記第一10章によりますと、ソロモン王は主から栄誉を与えられたしるしとして、金をぜいたくに用いたとあります。人々の上に燦然と君臨する象徴、それが黄金というわけです。黄金は、イエスさまこそがまことの王であるということを象徴しています。 乳香は何でしょうか? それは主にささげる香りであり、すなわち、人と主との間に交わりを成り立たせるものです。その働きをするのは、祭司です。乳香は、イエスさまこそがまことの祭司であるということを象徴しています。 圧巻は、没薬です。これは少しご説明します。没薬もまた、高価な貴重品です。しかしこれは、死体に防腐処理を施すためのものであり、これを贈ったということは、貴重な物を贈ったということ以上に、生まれたばかりのイエスさまの、葬りの準備をしているということになるのです。イエスさまは死なれるお方だということを、学者たちは知っていたことになります。この没薬は、イエスさまがまことの預言者であることを示しています。 これがなぜ預言者のことを指しているか、少しご説明します。預言者の預言とは、いわゆる一般的か「あらかじめ起こっていないことを言い当てる」予言とはちがいます。「ことばを預かる」と書きます。神さまのことばを預かり、世に対してそのみことばを曲げないで伝える働きをする、それが預言者のすることです。預言者たちは、曲げないで主のことばを語ったことにより、相当な苦しい目に遭わされました。中には殺された者もおります。 イエスさまは、神のことばが肉体を取ってこの世に来られたお方であるのだと、聖書は語っています。イエスさまはまことの預言者であられるのと同時に、生きて働く預言そのものでいらっしゃったのです。そしてイエスさまが十字架にかけられた理由は、大祭司がイエスさまの語られたおことばを、神への冒涜だとさばいたからでした。 イエスさまは、みことばを語られたから、いえ、みことばそのものであったゆえに、みことばを正しく理解しなかった宗教指導者たちによって殺されたのでした。イエスさまは、みことばに生まれ、みことばに生き、みことばに死なれました。没薬は、イエスさまこそがみことばを大々的に宣言され、かなえられた、まことの預言者であることを象徴しています。 まことの王、まことの祭司、まことの預言者、これぞ来たるべきメシアです。イエスさまがそのようなメシアであったことを異邦の学者たちに見抜かせた主のお導きは、驚くばかりです。そして主は不思議な方法、ローマ帝国の人口調査というわざを通して、ユダヤの宗教指導者たちではなく、異邦人の占星術の博士たちを礼拝者としてお選びになりました。 私たちが今日こうしてクリスマス礼拝をささげているのも、主が私たちのことを礼拝者として選んでいらっしゃるからです。私たちは選ばれているのです。 私たちは今日この日、クリスマスにお生まれになったイエスさまを礼拝する礼拝者として選ばれた「選手」です。私たちを創造され、導いてくださっている神さまのために、神さまが私たちのことを一つにしてくださった教会のために、教会がキリストの平和というよき知らせを携えて大々的に出ていくべきこの世のために、私たちは今日、クリスマスの礼拝をおささげしているのです。私たちは、その礼拝をささげるために選ばれた「選手」です。 博士たちは、はるばるベツレヘムまで旅をしてまで礼拝場所を求めました。家に入って赤ちゃんのイエスさまの御前にひれ伏しました。貴重なだけではなく、それぞれに深い聖書的な意味のある黄金、乳香、没薬をささげることにより、救い主なるイエスさまをほめたたえました。私たちはそれくらい真剣でしょうか? それほどの態度で、それほどのささげものをおささげすべき素晴らしいお方、それがイエスさまです。 私たち自身を振り返りましょう。私たちは長い間、イエスさまに会うまでの間、はるかの旅を続けていた存在でした。しかし今、イエスさまを中心とする神の家族、教会の家族の中に入れられて、私の罪のために十字架にかかってくださるためにこの世に生まれてくださった、まことの王なるイエスさまの御前に、礼拝をささげています。私たちは、来るべき場所に来たのです。 私たちが過ごしたこの2020年、それは、新型コロナに翻弄された激動の年でしたが、それでも変わらずに私たちとともにいてくださるお方、私たちを導いてくださるお方、イエスさまに目を留めましょう。私たちのただ中におられるイエスさまをともに礼拝しましょう。 その、ともにおささげする礼拝によって、私たちが一つとされていますことを、心から感謝し、来たる2021年、ますますイエスさまへの献身を新たにする私たちとなりますように、その献身によって私たちが一つとなり、ともに主のご栄光を顕すものとなりますように、主の御名によって祝福してお祈りいたします。

元始、教会は家であった~その5 教会は帰るべき家、いるべき家~

聖書箇所;ルカの福音書15:11~32/メッセージ題目;元始、教会は家であった~その5 教会は帰るべき家、いるべき家~ 本日の箇所はとても有名なみことばです。私たちはこの箇所をお読みして、いろいろなことを思うでしょう。私もこの弟息子のようだった、とか、お兄さんはひどい、とか、いや、お兄さんは正しいことを言っている、とか。 「元始、教会は家であった」シリーズも、本日で5回目となりました。本日は、イエスさまのたとえ話に現れた「家」というものから、「家」なる教会をめぐる人間関係に主はどのようなみこころを持っていらっしゃるか、ともに探ってみたいと思います。 イエスさまのたとえ話は、「ある人に二人の息子がいた」ということばから始まっています。このお話の中でもっとも大事な登場人物は、「ある人」、つまり「お父さん」です。この人が神さまのことであるのは、説明するまでもありません。神さまから見て2種類の人間、それが弟息子と兄息子であるわけですが、まずは弟息子のほうから見てみましょう。 弟息子はどんな人のことでしょうか? 父親の財産をせしめ、父親から遠く離れて別の国に行き、そこで湯水のごとく財産を使い、放蕩のかぎりを尽くした人間です。 これを、神さまと人間との関係に当てはめてみましょう。私たちの持つすべての財産は、ことごとく神さまのものです。しかし人間は、あたかもその所有権が自分にあるかのように振舞うのです。神さまなど関係ないように生きるのです。好き勝手に生きるのです。人間みんな放蕩息子です。 しかし、罪からの報酬は死です。人間は神さまから離れ、好き放題に生きるならば、必ずどこかでその罪の刈り取りをします。そのことをこのたとえ話でイエスさまは、折からの大飢饉に食い詰めて人のところに身を寄せたら、豚の世話をさせられたということにたとえておられます。 ユダヤでは、豚はけがれた動物ということになっていました。そういう戒律です。今私たちクリスチャンはすべての食べ物の戒律から自由になっていて、おいしい豚肉を食べられてありがたいかぎりですが、このたとえ話を聞いていたのは、パリサイ人や律法学者を含めたユダヤ人です。 とかく形から入ることで自分たちはきよいと思いたがるパリサイ人にとって、豚の世話をするなどというたとえ話は、かなりショッキングに響いたはずです。 悪臭ふんぷんたる場所で働かされたこの放蕩息子は、きわめてひもじい思いさえしていました。16節です。「彼は、豚が食べているいなご豆で腹を満たしたいほどだったが、だれも彼に与えてはくれなかった。」 火も通っていない家畜のエサなどだれが食べるというのでしょうか。しかし、それさえも彼は食べることを許されませんでした。豚のほうが大事なのです。お前が飢え死にしようと知ったことじゃない、勝手に死ね、この家の主人は、そんなことさえ言っているかのようです。 放蕩のすえに食い詰めて彼が身を寄せたこの家の主人は、サタンを象徴していると言えましょう。この世の君は、人を快楽で操り、手先としてこきつかって、ついにはぼろぼろにして、死んでいくに任せます。この世にはサタンの軍門に下った放蕩息子が、なんとたくさんいることでしょうか。 しかし、彼はそれで終わりではありませんでした。17節をご覧ください。「しかし、彼は我に返って言った。」我に返って。この部分、赤い字で印刷して、はっきり読めるようにしたいくらいです。自分の居場所はここではない。帰ろう。恥も外聞も捨てて。 いまさら合わせる顔がないと思ったことでしょう。弟息子は、父親に財産を分けてくださいと申し出たときには、それを元手に一旗揚げて立派な人物になる、そんな青雲の志さえ父親に語ったかもしれません。ところがふたを開けてみれば、一文無し、すってんてんのすっからかんで、何一つ誇れるもののない、ただの罪人です。彼は思いました。もう息子と呼んでいただく資格はない。雇い人の一人にしていただこう。 しかし、なんということでしょう。父親はいつも、家からずっと離れたところに立って、彼のことを待ちわびていたのでした。そして、ついに、遠くに彼のことを見つけました。駆け寄って抱きしめ、口づけしました。罪の汚れにまみれたこの子のことを、父はその威厳もかなぐり捨てるがごときに、受け止めてくれたのでした。 これが、御父の姿なのです。だいじな子どもは背を向けて去っていく、好き放題する、そんな子どもがその罪の刈り取りをすることになっても、御父はただじっと待っておられるのです。どんな思いで待っておられることでしょうか。 しかし、このお方のもとに戻る恵みはわれわれに臨むのです。我に返る恵みをなお、神さまは与えてくださいます。戻ることができるのです。 父は、弟息子が戻るのを、ずっと待っていました。そして、戻ってきた彼のことを、その姿のまま抱きしめてくれたのでした。彼は言いました。「お父さん、私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。もう、息子と呼ばれる資格はありません。」 彼はこのことばに続いて、あなたの家の雇い人のひとりにしてください、と言うつもりでした。しかし父親は、みなまで言うな、とばかりに、息子のことばを聞かなかったかのように、しもべたちに言いました。「急いで一番良い衣を持って来て、この子に着せなさい。手に指輪をはめ、足に履物を履かせなさい。」罪人のきたない恰好のままでいさせません。きれいな格好に飾ってくれました。中でも注目すべきは「指輪」です。これは、父親が自分のすべてを譲り渡す証拠です。雇い人どころではありません。立派な「跡継ぎ」です。 23節もお読みください。「そして肥えた子牛を引いてきて屠りなさい。食べて祝おう。」父を離れ、悪の世界に身を置くかぎり、豚の餌さえ食べられなくなった者が、なんと肥えた子牛のパーティです。しかもこのパーティの主人公です。救われるということは、こういうことなのです。 救われるとはどういうことか、いみじくも父親が24節で語っているとおりです。「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかった」。私たち人間は、創造主なる神さまのもとに帰るまでは、みな死んだ者、いなくなっていた者です。行きつくところは滅びです。しかし、そのような者でも救っていただきました。 元始、教会とは、神さまを父とする家であります。救われる人が起こされるたびに、このような喜びが繰り広げられる場所、それが教会なのです。だれかにこの喜びを味わってほしい、私もこの喜びを味わいたい、そこから、伝道ということに対してやる気が出てくるのではないでしょうか。 教会、父の家とは、人の帰るべきただひとつの場所です。ここに帰ってくるまでは、人はさまよっており、どこに行くべきかわからず、たえず不安に支配されます。しかし、父の家に帰るならば、安全であり、安心です。あとは、もう離れないだけです。 私たちは、救われた時の感動を思い起こしましょう。帰るべき家に来た! みんなでともに神の国を継ぐ者とされた! 私たちは救われたゆえに、教会という神の家から離れてはいけません。 さて、ここに、兄息子が登場します。彼は畑で働いていました。そこに、家からパーティの歌舞音曲が聞こえてきて、何事か、と思いました。それが、弟が帰ってきたからだと知ると、怒って、家に入ろうともしませんでした。 父はそんな兄息子を見るに見かねて、家の外に出てきて彼をなだめました。しかし、彼は訴えます。「ご覧ください。長年の間、私はお父さんにお仕えし、あなたの戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しむようにと、子やぎ一匹下さったこともありません。それなのに、遊女と一緒にお父さんの財産を食いつぶした息子が帰って来ると、そんな息子のために肥えた子牛を屠られるとは。」 さあ、みなさんなら、この兄息子のことばを聞いて、どのように思われるでしょうか。およそ宗教というものは善行ということを説きますが、そのような見方からすれば、この兄の言っていることは筋が通っているように思えないでしょうか? しかし、繰り返しますが、イエスさまのこのたとえ話は、パリサイ人や律法学者を含むユダヤ人たちを相手に語られたお話です。彼ら宗教指導者たちは、イエスさまが取税人や罪人のような者たちのことを受け入れて、食事さえ一緒にしていることを快く思わず、ケチをつけたわけでした。そんな彼らに対して、イエスさまがこのたとえ話を語られたということを前提に、考えてまいりたいものです。 パリサイ人のような人ならおそらく、この兄息子のようなことを言いかねなかったことでしょう。自分の行い、正しさを主張し、罪人を決して許さない、受け入れない。彼らからすれば、神さまがそんな罪人さえ受け入れるだなんて、到底、理解できなかったはずです。 しかしイエスさまは、そんなパリサイ人に対しても、やさしい心を持っていらっしゃいました。私たちは読みかじりの程度に聖書を読むだけだと、イエスさまはパリサイ人に対して、ただひたすらに厳しい、こわい、という印象を持つかもしれません。マタイの福音書の23章など読むと、イエスさまは口を極めて、パリサイ人のことを罵っておられるくらいですので、余計そう思われるかもしれません。 しかしイエスさまは、パリサイ人の言動を問題にされてはいても、パリサイ人の人格まで呪っておられるわけではありません。むしろ、兄息子に例えられたパリサイ人に対する御父の御思いをこの父親のことばから読み取るなら、とてもやさしいお方、ということがわかると思います。 まず、父はなんと言っていますでしょうか? 31節です。「父は彼に言った。『子よ、おまえはいつも私と一緒にいる。私のものは全部おまえのものだ。」 兄息子はそれまで、いろいろな問題にとらわれていました。まず、父の戒めを守り行なってきたことが、結局は父に認められていないように思えてしまったこと、それは、その愛の表現として子やぎ一匹もらえなかったからたしかにそうだと思ったこと、それなのに、戒めを破り放題で財産を使い果たした奴に対し、父はとても寛大であることに怒りを燃やしていたこと……。 それは何が問題だったか。まず彼は、正しい行いで自分の正しさを父に認められようとしていました。しかしこれでは、きりがありません。99パーセント正しくても、1パーセントが正しくなければ、すべてが正しくない、人間に対するきよい神さまのありかたは、そういうものです。結局人間は、神さまのほんとうのみこころがわからなければ、的の外れた努力を繰り返すしかないものなのです。 そして彼は、自分が充分に父に愛されていることも考えないで、わかりやすい形で父の愛を受けた弟に嫉妬しました。そう、これは嫉妬なのです。正しくふるまう努力を怠らない自分は認めてもらえないのに、放蕩のかぎりを尽くしたこいつはとっても愛されている……。 私たちが信仰生活をするうえでしてはならないことがあります。それは、「ほかの兄弟姉妹と比較をする」ということです。これほどみじめになるか、傲慢になるかして、自分にさんさんと注がれている神さまの愛を見失わせるものはありません。それもそのはずです、神さまに向けるはずの目を、人に向けているからです。完全な神さまを見上げて、自分も完全なものにされている喜びを味わう代わりに、不完全な他人か、不完全な自分を見て、不完全な信仰を持つしかなくなります。 そんな不完全な人、みじめな人の代表選手が、この兄息子です。そんな兄息子に、父はとてもやさしいです。まず、呼びかけてくださいます。「子よ。」そうです、父の気持ちも知らないで文句を言うような彼のことを、もう子ども扱いしない、そんな父親ではありません。おまえも子どもだ。愛するわが子だ。 どんな子どもなのでしょうか。おまえはいつも私と一緒にいる。そうです。遠い国、サタンの国に行くことがなく、父の家にとどまりつづけていることは、なんという祝福なのでしょうか。 そして、私たちはただ神さまとともにいさせていただいているだけではありません。もちろん、それだけでも充分に祝福と言えますが、それだけではないのです。「私のものは全部おまえのものだ。」父なる神さまのもの、天の御国を、イエスさまを信じる信仰のゆえに受け継がせていただけるのです。子やぎどころではありません。天国そのものです。それをまるごと受け継がせていただいているとは、どれほど大きな祝福でしょうか。 だから私たちは、神さまからいただく祝福というものを取り違えてはいけないのです。神さまの祝福をいただいている私たちはこの世においても繁栄する、などと教える牧師や教会は人気があるものですが、ほんとうの神さまの祝福というものは、必ずしも目に見えるものとはかぎりません。 しかしただひとつ確実なことは、私たちはすでにその祝福、天の祝福を、この地上において受けており、のちの世で永遠のいのちとともにこの祝福を完全にいただく、ということです。だから、この天の祝福につねに目を留める、霊的な目をいつも備えさせていただくように、私たちはどんなときにも神さまと交わりを欠かさないでまいりたいものです。 しかし、そのような天の祝福をいただいているということは、同じイエスさまの十字架により罪赦され、贖われて神のものとされた、兄弟姉妹を愛するという形で実を結んでしかるべきなのです。32節で、お父さんは何と言っているでしょうか?「だが、おまえの弟は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのは当然ではないか。」 父の戒めを落ち度なく守っていることを誇りにしていた兄息子は、パリサイ人や律法学者のような宗教指導者を暗に指していましたが、このような人は、この神の家、教会の中にもいるものです。私こそ兄息子かもしれない、そう思っていただけるなら、それはすばらしいことです。 なぜなら、このままでは兄弟姉妹をさばく、つまり、同じ神さまから生まれた愛すべき存在を遠ざけることを、当然のことのように思う、自分さえよければそれでいい、心の冷たいクリスチャンになってしまうからで、そんな自分のことを悔い改めるならば、御父のみこころどおり、愛にあふれた素晴らしいクリスチャンになれるからです。 私がメッセージの中で何度も申し上げていることですが、福音書があれだけ、パリサイ人を責めることばに満ちているのは、パリサイ人とちがって私は恵みによって神さまのものとされている、などと、悦に入るためでは決してありません。そうではなくて、これを読むあなたの中にもパリサイ人の要素があります、恵みにとどまりたければ悔い改めなさい、と戒められているからです。パリサイ人とは、私たちのことです。兄息子とは、私たちのことです。 兄息子は、家の中に入ろうとしませんでした。これは象徴的です。兄弟を受け入れず、さばくということは、教会という神の家の中に、父とともにいようとしないということを意味します。これは不幸なことです。 兄息子は家で何が起きているかに関心も払わず、いえ、もしかすると、毎日のように出ていって弟を待ちつづける父の心も知ろうともしないで、その日も畑にいて仕事をしていました。しかし、それを父は喜んだでしょうか? 父とともにいて、喜びを分かち合わないならば、畑仕事に精を出すがごとく、行いで認められようとしたところで、何にもなりません。 私たちも同じです。私たちは父の心を知って、父とともにいることを選ばなければなりません。そうすれば、父の願いどおり、兄弟姉妹を受け入れ、愛する思いが生まれてきます。神の家、教会は、中に入ってとどまるべきところです。 私たちは弟息子のように、戻るべき場所に戻りました。しかし今からは、兄息子のような自己中心、律法主義を、たえずみことばと祈りをとおして悔い改めながら、父に似た者としてともに成長していく群れとなりたいものです。そのために今日、私たちはどんなことを決心しますでしょうか? 初めの愛に帰りましょう。ありのままを受け入れてくださった御父の愛を思えば、私たちもまた、兄弟姉妹を受け入れることはできるはずです。それを阻む自己中心が、主の御手によって取り去られますように、私たちは真剣に祈りたいと思います。

元始、教会は家であった その4~主の晩さん考察~

聖書箇所;使徒の働き2:41~47/メッセージ題目;元始、教会は家であった その4~主の晩さん考察~ 今日は、恥ずかしい話からお分かち合いしたいと思います。 私は中学生のとき、母に連れられて初めて教会にまいりました。兄がすぐにイエスさまを信じてバプテスマを受け、ほどなくして母も、祖母もバプテスマを受けたのですが、私はバプテスマを受けるまでに少し時間がかかりました。 そんなときにどうしても気にしてしまうのが、主の晩さんの時間です。バプテスマを受けている人はみな受けられても、バプテスマを受けていない私はいただくことができません。みんな、いいなあ、と思いながら、手持無沙汰な時間を過ごしたものです。 そんな私もやがてバプテスマを受けました。主の晩さんにあずかれるようになったわけです。しかし、そうなるとどうなったか、といいますと、今度は、主の晩さんの時間を、とても退屈なものと思うようになってしまったのでした。 要するに、主の晩さんというものをちゃんとわかっていなかったわけです。それにしても今思い返しても、恥ずかしいことです。 本日学びますのは、主の晩さんに関してです。さきほどお読みいただいたみことば、使徒の働きは、イエスさまが天に昇られた後、聖霊なる神さまのお働きによって、エルサレムにはじまり各地に教会が形づくられたという記録に満ちています。 その中でも今日の箇所、2章は、エルサレムに集った聖徒たちに聖霊なる神さまがお降りになり、その聖徒を代表したペテロのメッセージをとおして、実に3000人もの人がイエスさまを主と信じ受け入れ、バプテスマを受けた、という、ダイナミックな箇所です。 マタイの福音書を締めくくるみことば、28章の18節から20節のみことばには、このようにあります。……イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています。ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。 この「バプテスマを授け」ということばは、ただ単に宗教的儀式としてバプテスマを授けるということではありません。このことばは「弟子としなさい」ということばと密接な関係があり、「バプテスマを授けて弟子とする」という意味でもありますし、「弟子とするためにバプテスマを授ける」ということでもあります。 つまり、バプテスマはゴールではないのです。むしろスタートというべきです。一説によると、日本のクリスチャンの平均信仰年数は、2年8か月ということです。短いと思いでしょうか? しかしこれは、10年、20年、30年以上、信仰生活をしている人と平均した数字です。となると、バプテスマを受けてたった数か月以内に教会に行くことをやめてしまう人というのが、とても多い、ということになりはしないでしょうか? このような問題を引き起こす背景には、2つのことが考えられます。ひとつは、バプテスマ準備クラスさえ終えればそれでよしとしてしまう、教会教育の不在、もうひとつは、主の晩さんが単なる儀式としかとらえられず、軽んじられている、ということです。 今日はその中でも、教会の存在の根本に主の晩さんが存在するというテーマでお話しします。本日お読みいただいたこの短い箇所の中に「パンを裂き」ということばが、2回も登場します。それは、すべての教会の基礎の基礎である初代教会にとって、パンを裂くこと、すなわち、主の晩さんを口にすることは、それだけ大事だった、ということではないでしょうか? 「主の晩さん」は、ほかならぬイエスさまが「守り行いなさい」と定めてくださったものであり、つまりそれは必ず守り行うべきものであり、それだけ、厳粛な思いで参加させていただくものです。 この「主の晩さん」を守り行う人は、バプテスマを受けている聖徒です。それはなぜなのでしょうか? それを知るには何よりも、聖書がバプテスマというものをどのように定義しているかを知る必要があります。ペテロの手紙第一、3章18節から21節です。 ……キリストも一度、罪のために苦しみを受けられました。正しい方が正しくない者たちの身代わりになられたのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、あなたがたを神に導くためでした。その霊においてキリストは、捕らわれている霊たちのところに行って宣言されました。かつてノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに従わなかった霊たちにです。その箱舟に入ったわずかの人たち、すなわち八人は、水を通って救われました。この水はまた、今あなたがたをイエス・キリストの復活を通して救うバプテスマの型なのです。バプテスマは肉の汚れを取り除くものではありません。それはむしろ、健全な良心が神に対して行う誓約です。 8人の家族が箱舟の中に入って救われたのは、彼らが、その時代に生きたほかの人よりもよい生き方をしたからでしょうか? そうとは言えません。ただひとつ確実なのは、箱舟の中に入るという、神さまの方法に従えば救われるという、信仰を保っていたからでした。その信仰の実践として、箱舟の中に入ったのでした。 われわれが受けるバプテスマというものも、これと同じだというわけです。バプテスマはその形が形なので、つい私たちは、「みそぎ」のように、それを宗教儀式として体験すれば、きよくなる、きれいになる、と考えてしまいがちかもしれません。実際、バプテスマを連想する記述が旧約聖書にありますが、ヨルダン川に浸かるとナアマン将軍の皮膚病、それも、宗教的けがれの象徴とさえ言えるツァラアトが治ったなどという箇所をうのみにしていると、余計そう思えてきそうです。 しかし、このペテロの手紙第一によれば、そうではない、「健全な良心が神に対して行う誓約」だというのです。 しかし、私たちは罪人である以上、心がけがれていない人などいません。しかし、イエスさまの十字架の血潮は、そのような私たちの心をきよめてくださり、それこそ、健全な良心と見なしていただけるにふさわしく変えていただきました。そのように私たちの心を変えてくださった神さまに対し、これからは自分のために生きるのではなく、神さまのために生きるようにしてください、私はこの人生を神さまにおささげします、と、誓約させていただくのです。 誓約、誓いということは、神さまの恵みの中で初めてできることです。結婚式のとき私たちは、病めるときも健やかなるときも配偶者を愛することを誓うわけですが、そのような誓いを立てても別れるときは別れます。ここ数年私は、そのようにして別れていったカップルの話をよく聞くようになって、つくづく、誓いというものは人間の意志でできることではなく、神さまの恵みがあって初めてできるものであることを思わされます。 神さまの恵みによって献身したい、そう願ってするものがバプテスマです。その願いも、これも神さまの恵みが臨んで初めてできることなわけです。バプテスマはどこまでも、神さまの恵みの中でなされるものです。 人はバプテスマによって、古い自分が水に葬られ、その水から引き上げられて、キリストにあって新しい人として生きる誓いをしたことを、人々の前に公(おおやけ)にします。もはや自分が生きているのではなく、キリストが自分のうちに生きていることを公にするのです。 その生き方を公にした人こそ、キリストのみからだと血潮にあずかる、すなわち、主の晩さんにおいてパンとぶどう汁の杯にあずかるのです。よく、日曜学校の子どもなど、そのパンとぶどう汁を見て、欲しがるのを私はよく見てきましたが、神さまへの献身をバプテスマという形で表せるほど、神さまと教会において従順の態度を示していないかぎり、やはりこれを口にすることはふさわしくないわけです。 ただ、このようなことを私たちクリスチャンが主張すると、差別だ、と言い出す人が現れないとも限りません。そのような意見を考えてでしょうか、教会の中には、バプテスマを受けていない人にも広く主の晩さんをオープンにする教会もあります。だれでもパンと杯を取れるわけです。しかし私は、どうしてもそのような立場を取ることができません。 それを口にすることは、礼拝に参加したということ以上の意味があります。私はキリストのからだを食べ、キリストの血を飲み、キリストとひとつにしていただいている、つまり、キリストとともに十字架につけられている、自分に死に、キリストに生きる、その誓いをさせていただいている、私はキリストに一生ついていきます、という覚悟がなければ、それを口にすることなど到底できないはずです。主の晩さんとは、そういうものです。 そうだとすると、主の晩さんがクリスチャンにだけ開かれていることは、差別ではないことをご理解いただけると思います。 こんな話もあります。先週お話しした私の友人のことですが、はじめてソウル日本人教会に連れていった日が、なんと、たまたま主の晩さん、聖餐式の日でした。あっちゃー、こういうことで心を閉ざさないかな、私はちょっと心配になり、隣の席に座った友達に、ごめん、洗礼を受けていないと食べられないんだよね、と言いました。すると友達はこう言ったのでした。「あ、食べなくていいのね。」 私はこのことばに、とてもほっとしました。また一方で、友達が主の晩さんの本質をよく理解していたとも思いました。これを食べるということは、神さまに献身していることを表明することである、と。 そう考えると、毎回主の晩さんのたびにお読みしている第一コリント11章27節から29節のみことばの意味がわかってくるのではないかと思います。 ……したがって、もし、ふさわしくない仕方でパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。だれでも、自分自身を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。 みからだをわきまえないで食べ、また飲む者は、自分自身に対するさばきを食べ、また飲むことになるのです。 ここでいう「ふさわしくない仕方で」とは何か、ということを考える必要があります。 キリストに従うことも誓えないのに、いかにもクリスチャンとして、何か立派な人であるかのように周りに認められようと振る舞う。それは、いけないことであり、それこそ「ふさわしくない仕方」ということです。いつもの主の晩さんにおいては、この29節につづく30節のみことばはお読みしていませんが、30節には、ふさわしくない仕方でパンと杯にあずかる者がいるせいで、コリント教会には、弱い者や病人、死んだ者が数多く現れたのだ、という、かなりぞっとすることばが続きます。 もしかすると実際コリント教会には、そのような目に見える怖ろしいことが起こっていたのかもしれません。しかし、このみことばをこんにちの教会に当てはめてみると、主への従順を誓えない一方で、教会の中で勝手気ままに振る舞う、宗教儀式を行なってさえいれば何をしてもいいなどと考える……そういう教会、クリスチャンは、病みますし、霊的に死にます。私たちが主の晩さんというものを、単なる宗教儀式のように守りさえすればそれでいいのではないことが、このことからもわかります。 しかしその一方で、ある人はこうおっしゃるかもしれません。自分はバプテスマを受けたとき、実は信仰のことがよくわかっていなかった、ということが、あとになってわかった。いま自分には確信がないことがわかった。そんな自分は主の晩さんを受けて信仰生活を送るにふさわしくないのではないか。 そういうことはよくあるものではないかと思います。私のよく知っているクリスチャンの中にも、バプテスマを受けたときに教会から発行してもらった「証書」を、教会に返しにいこうとした人がいるくらいです。要するに、クリスチャンをやめようとしたわけです。 そこまで極端でなくても、主の晩さんのパンと杯が回ってくるときに、何やら後ろめたい思いに駆られるということもあるわけです。自分はこれをいただいていいのか? 自分はこれをいただけるほど、立派なクリスチャンではないよ? しかし、問われるということは、実は私たちがそれだけ、神さまに拠り頼む道が開けているということで、むしろ歓迎すべきことです。むしろ、なにも考えないでパンと杯を取り、平気な顔をして口にする方がよほど問題です。 私たちは、この目の前にあるパンと杯が、主イエスさまのみからだであり、血潮であると考えたら、平気で口になどできるものでしょうか? むしろ、やめてください、私はふさわしくありません! と、叫び出したくなりはしないでしょうか? しかし、そんな私に、取りて食らえ、とおっしゃるのは、イエスさまご自身です。イエスさまは私たちのことを、十字架の血潮で洗いきよめてくださいました。神がきよめたものをきよくないなどと言う権利はだれにもありません。自分自身にさえありません。自分はけがれているから救われないよ、こんなことを言うべきではありません。自分はけがれているから神さまに救っていただくしかないよ、こう言うべきです。 わたしが十字架の血潮で洗ってあげたあなたこそ、わたしのからだと血潮を口にするにふさわしい、イエスさまご自身がそう言ってくださるのです。私たちはこの恵みに拠り頼んで、今日も主の晩さんにあずかりたいものです。 最後に、今日の箇所で、会堂という大きな集まりを持つ一方の、家という小さな集まりの中でパンを裂いた、すなわち、主の晩さんを持った、ということに注目して、メッセージを締めくくりたいと思います。 イエスさまはかつて、男だけで5000人のような大規模な集会で、彼らを満腹させられるほどのパンと魚を用意されたものでした。しかし、イエスさまが記念せよとおっしゃったのは、そのような大規模な食事会ではありませんでした。あるいは、復活のあとでイエスさまが湖の岸辺でペテロたち、漁から帰ってきた弟子たちをパンと魚の朝ごはんでお迎えになったという、感動的な食事の場面も福音書には記録されていますが、これもイエスさまが記念しなさいとおっしゃったわけではありません。 つまり、イエスさまが記念しなさいとおっしゃったのは、大集会の食事でもなければ、屋外のいわば仕事場の食事でもなかったのです。イエスさまが記念しなさいとおっしゃった食事は、人の家の2階の大広間での食事でした。 そう、家です。家で記念して行いなさい、という意味にならないでしょうか? のちに、主の晩さん、聖餐式は、教会の礼拝堂で行うのがつねになりましたが、本来は、家で行うものであったわけです。 そして、その記念の食事は、初代教会においては、毎日会堂で集まるのとは別の、家々での集まりでなされたわけでした。初代教会における主の晩さんはまさに、教会が家である、家が教会であるという精神の中で行われたわけです。 本来、主の晩さんとは家で行われたものだということを、ここで私たちは考える必要があります。いま私たちは、集まる人数もとても少なく、また、ソーシャル・ディスタンスを意識するので、離ればなれになっているとお思いでしょうか? でも、ここはひとつ、この』とんがり屋根の礼拝堂を、ひとつの大きな家と考えていただきたいのです。 この大きな家において、私たちはキリストのみからだと血潮にあずかっていることを記念して、バプテスマをもって神と人との前に誓約した、イエスさまへの献身の思いを新たにするのです。 私たちの献身の歩みは、一人ひとりでするものではありません。この、水戸第一聖書バプテスト教会の家族にならせていただいているどうし、ともに歩むものです。その誓約にともに連ならせていただいている証しとして、本日の主の晩さんを大切に守りたいものです。

元始、教会は家であったその3~主イエスが奇蹟を起こされる家~

聖書箇所;マルコの福音書2:1~12/メッセージ;元始、教会は家であったその3~主イエスが奇蹟を起こされる家~ 「元始、教会は家であった」シリーズも、本日で3回目となりました。 私は先週、久しぶりに出張して、松戸で行われたセミナーに参加してまいりました。題して「主の弟子訓練指導者セミナー」。弟子訓練の指導者養成のセミナーは、通算で6回目の参加となりましたが、今回はこれまでのセミナーとまったくちがった立ち位置で、しかもまったく違った雰囲気の中で学ぶこととなり、きわめて新鮮な体験をしたものでした。セミナーと銘打たれていましたが、私はお勉強をしたというよりも、むしろ癒やしをいただいたという思いでいっぱいです。 今回のセミナーは、昨今のコロナウイルス流行という情勢により、韓国から先生を招くことができない中、それでも日本人の先生方によって開催しよう、という意思のもと、開かれたものでした。しかし今回は、方法論や技術のような「骨組み」を学んだわけではなく、どこまでも、長年弟子訓練牧会に取り組んでこられた教会、そしてその先生方を通して結ばれた「実」に注目するものでした。私もそのような中で、スタッフでもなく、韓国の先生からでもなく、とてもリラックスして受講でき、それだけでも画期的なものでした。 講義は、先生方が一方的に教えを注入するものではなく、その先生方の牧会のもとにある教会員の証しをふんだんに盛り込んだもので、それだけに説得力がありました。つけ加えれば、その証しをしてくださった兄弟姉妹の中には、むかし私が仙台で暮らしていたとき、共同生活をしていた中学生のお父さん、お母さんがおられ、その頃の彼の生活ぶりをお知らせする貴重な時間も持ちました。 そればかりか、実に18年前までの数年間、一緒に暮らして同じ牧師の牧会訓練のもとにあった、いわば「ムショ仲間」のような兄弟が来てくれて、ほんとうにうれしかったものでした。その「ムショ仲間」の証しを聞いた後、一緒に食事をしながら、あの頃の苦労や、それからの苦労を乗り越えてきたお互いのことをたたえ合ったものでした。 このセミナーの会場となった教会、聖書キリスト教会グレイスホームのことを少しだけお話ししたいと思います。この教会は、岡野俊之先生・めぐみ先生と2人の息子さんのご一家によって、松戸の奥の方の細い坂道だらけの住宅街の端っこ、市街化調整区域に隣接した一戸建ての家、首都圏にしては実にひなびた場所でスタートし、こたつにあたりながら礼拝をするという、とても家庭的な形でスタートを切りました。 今回、この教会に行ってみると、今もなお家庭的な雰囲気は保たれていて、ほんとうに、教会とは家の大きくなったものだということを実感したものでした。 この「家」から、特に、傷ついていた家庭の回復、というわざが多く起こされたことを、あらためて聞かせていただきました。離婚、家庭の不和、家庭内暴力、未信者の親との葛藤……そういったことが、「ただ愛すればいい」、「みことばはこう言っている」という、基礎の基礎に忠実な信仰生活にみなで着実に取り組むことにより、力が与えられ、解決に導かれる……言ってみれば、主イエスなる「まれびと」を迎えた家から奇跡が起こるのです。 本日の聖書箇所は、主イエスなる「まれびと」を迎えることで家、すなわち教会をなす基礎は、いかなる奇蹟を体験するか、そして、家という教会、教会という家は、イエスさまがおられるゆえに、奇蹟を体験する場所であることを、ともにみことばから味わってまいりたいと思います。 1節をご覧ください。イエスさまがおられた場所は、「家」です。イエスさまは、荒野ででも、湖畔ででも、ユダヤ教の会堂ででも、実にいろいろなところにとどまり、教えを宣べられましたが、忘れてはならないのは、「家」で教え、病気のいやしのようなみわざを行われた、ということです。 イエスさまの教えというものは、礼拝堂に来ないと聞けない、教われない、というものではありません。あるいは、礼拝堂で教わる教えが「上」で、家でディボーションや聖書通読などの形で受け取る教えは「下」ということもありません。それぞれのご家庭は、イエスさまがとどまられ、教えを語られる場所です。 だまされたと思ってやってみていただきたいのですが、まだの方でクリスチャンホームの方は、ご家庭で聖書を開き、ご家族の方と一緒に家庭礼拝を持ってみてください。そこでイエスさまに教えられる体験は、礼拝堂で一方的にみことばを聞く体験とは、一味も二味も違ったものとなり、その教えに心から嬉しくなるとともに、家族がみことばによって結び合わされる恵みの喜びを体験すること請け合いです。 しかし、イエスさまの恵みをいただく家庭は、その恵みを家族だけで独占しないで、外に向けても公開したいと思うようになります。今日の箇所の家庭も、イエスさまの教えをどうか聴いてください、と、家を公開しました。すると、押すな押すなの大騒ぎ、イエスさまを一目見たい、イエスさまの御声を聞きたい、さわっていただいていやされたい、そんな人が押しかけました。 家を開放する人は、なにも難しい聖書勉強が導けないといけないわけではありません。イエスさまがここにおられるから、楽しいから、うれしいから、ここに来てみてください、そんな思いさえ持てていれば、だれでも家をオープンにできます。そして、そこが教会になるのです。 今はもちろん、いろいろな理由で、人をお招きすることにためらいを覚えていらっしゃるかもしれません。しかし、それならそれで、いずれの日にかお招きできる日を主が来たらせてくださるように、お祈りすることです。その前提で、今日のメッセージを聴いていただければと思います。 この教会の礼拝堂は東茨城郡茨城町にありますが、それは「教会」が茨城町にある、ということとイコールではありません。おわかりでしょうか? 水戸第一聖書バプテスト教会は、みなさまのお住まいの家もその一部です。ということは、水戸市にもあります、鉾田市にもあります、石岡市にもあります、那珂市にもあります……県庁所在地を中心に、茨城県央の極めて広範囲に「水戸第一聖書バプテスト教会」は存在するわけです。お友達やご親戚を教会に招く、ということを、茨城町長岡の礼拝堂に招くことに限定しないで考えていただきたいのです。それぞれのおうちはイエスさまのおられる教会であり、そこに、コロナを気にしないでやってくるような、親しいお友達やご親戚をお招きするのです。 聖書の話に戻りますと、この家の教会が押すな押すなの大盛況となっている中、イエスさま目指してまっしぐらの人たちがいました。中風の人1人と、その人を寝床に乗せたまま担いで運ぶ4人の人でした。 4人というのがポイントです。ひとりの人をイエスさまのもとに運ぶには、4人の人が必要だったということです。これは、ひとりの人を救いに導くには、最低でもそれだけの人が必要であるという示唆を、私たちに与えてくれてはいないでしょうか? 私は高校生のとき、友達に伝道したい一心で、日本武道館で行われた本田弘慈先生の伝道集会に、仲のよかった同級生を2人連れていきました。しかし、1人に対して2人です。だめでした。結局、集会後はその2人のペースで話が進み、個人伝道どころではありませんでした。 これに懲りた私は、考えを変えました。のちに私は大学生になって、韓国に留学しました。そのとき、やはり同じ時期に、同じ大学の学科の友達が韓国に留学しました。伝道しなくては! 私はその友達をソウル日本人教会という教会に誘い、「四つの法則」という伝道ブックレットを読み聞かせました。 しかしその友達のことを、ほんとうにイエスさまを信じる信仰に導いた、つまりイエスさまを救い主と受け入れる祈りを導いたのは、私ではなく、私がその友達に紹介した、宣教団体のスタッフでした。 それだけではなく、その友達は好きなクリスチャンの若者ができて、その若者が聖歌隊員をしている教会に通いはじめてもいました。午前はその教会で聖歌隊席のそばに座って礼拝し、午後はソウル日本人教会で礼拝し、といった具合です。 さらに、その友達は韓国舞踊も習っていましたが、その舞踊教室の先生も熱心なクリスチャンで、とてもよく祈る人でした。これだけでも、私を含めて4人です。 というわけで、ひとりの人をしっかり救いに導くには、少なくとも4人の人が霊的に一致する、すなわちその人の救いを祈るということで一致することが必要だと、私は経験をもって教えていただきました。 一致。それはひとりの人を救いたいという思いで一致することです。中風の人を担いだ4人の人も、急いでいました。しかし、急ぐのと同時に、この人を寝床から落としてはならないから、バランスを崩さず、息を合わせて運ぶ必要もありました。その一致……それは、イエスさまのもとに連れていこう、ということで一致することでした。 家を開放してだれかを伝道したいと思うのはとても結構なことですが、そのような場合でも、伝道は特定の人の頑張り、個人プレーではないことに留意したいものです。家の交わりにおいて、最低4人の主を信じる人がたましいの救いを祈り、人をイエスさまのもとに迎える姿勢が必要であろうということが、この箇所からもヒントとして受け取れます。そういえば松戸の岡野先生による開拓教会も、岡野先生、奥様、そして2人の息子さんの、合わせて4人からスタートして、こんにちの素晴らしい教会につながっています。 聖書に戻ります。やってきたのはいいですが、人がいっぱいで、入れません。そこで彼らが考えたこと……屋根に上って瓦をはがし、そこから吊り降ろす、ということです。 大胆不敵というか、なんというか……ひとんちの屋根を壊すなんて、なんともすごいことをしたものです。しかし、彼らは必死であり、本気でした。イエスさまによってこの人が救われるためなら、家を壊そうが構うものか! そしてその本気の取り組みを、イエスさまはお叱りになるどころか、受け入れてくださったのでした。 たましいの救いは、すべてに優先します。家が壊れようがどうなろうが、それでもその人を愛して受け入れるなら、やがてはその人の救いにつながります。もし私たちが、イエスさまに会っていただきたい一心で、家にお客さんを迎えるとき、もしそのお客さんの連れてきた子どもさんが、クレヨンで壁に落書きしたり、障子やふすまに穴を開けたりしたら、どうしますか? 怒りますか? それとも、そんなことはいやだからと、はなから家に招きませんか? ある、子どもの働きで全国的に有名な教会の牧師先生は、もしあなたが子ども伝道に献身したいなら、礼拝堂の壁が汚れることを恐れてはいけない、という意味のことを語りました。子どもが礼拝堂にやってきて、自由にしたいのに、あれをやっちゃダメ、これをしてはいけない、などと、いちいちがみがみやられたら、もうその子には教会の中に居場所はありません。そんなことでどうやって、子どもに伝道するのでしょうか? ただ、大人の言うことに従順に従い、手がかかりさえしなければいいのでしょうか? そんな子どもがどれほどいるというのでしょうか? そんなことでは、果たしてほんとうの意味でイエスさまに出会ってもらうことなどできるのでしょうか? ただ、やはり多くの教会の場合、礼拝堂というものをそこまで自由に使わせる勇気はありません。それは理解しなければならないでしょう。それでも、家ならばどうでしょうか? 家は、礼拝堂以上にくつろげる場所であるべきでしょう。礼拝堂は不特定多数が集まりますが、家は、家の主人が許可して初めて入れる場所である一方で、入れてもらえるだけのリラックスした環境を提供してもらえる場所です。 イエスさまが教えを語られたその家にも主人はいました。しかし、その主人にとっての主人は、そこにおられるイエスさまでした。この中風の人を吊り降ろすためにひとんちの屋根をはがした行為は、イエスさまが受け入れてくださっている以上、してはならないことではなく、許されていることです。 同じように、家をとおしてのたましいの救いに関しては、たとえば連れてきた子どもが暴れたとか、ものを壊したとか、ちょっとしたアクシデントはつきものです。それをしつけるのはいいとして、力で押さえつけることはありません。とにかく、ありのままを受け入れ、愛することです。 さあ、イエスさまはこの吊り降ろされた患者に対して、「子よ、あなたの罪は赦された」と宣言されました。イエスさまは実に、人の罪を赦し、ご自身のみもとに引き寄せ、永遠のいのちを与えてくださるお方です。かくして、この4人の人の努力は、このたましいが救われるという形で報われたのでした。 これが、イエスさまのお働きの究極の形です。「ジーザス」のような映画を観たりして、イエスさまとはどういうお方を未信者の人が知ろうとすると、どうしても、病人をいやしたとか、悪霊を追い出したとか、わかりやすい奇蹟にばかり目が行きがちですが、ほんとうにイエスさまがなさったことは、たましいを救い、神の子どもとし、天国の民にしてくださるということです。 しかしこの家の教会、パリサイ人がまぎれていました。なぜ彼らはそこにいたのか、イエスさまの教えを素直に聞いて教わろうとするためか、それとも、ことばじりを捉えて訴えるためか、そこまでは聖書に書いてありませんが、パリサイ人ならいかにも考えそうなことを考えました。罪を赦すのは神おひとりではないか、このイエスは何者だ、神を冒瀆しているではないか。 イエスさまがどんなお方かわからないから、イエスさまのことを誤解したり、はなはだしくは批判したりする人というのは、クリスチャンがその交わりを未信者に対して開放しているかぎり、入ってくるものです。そういう、イエスさまのことがよくわからないような人は、イエスさまが「神々しい」人だとか「神がかった」人とは思うかもしれませんが、「神さま」とまでは思わないわけで、イエスさまが神さまであるという前提の話し合いがなされると、つまずくわけです。 しかし、そういう人たちも、家の教会を通してイエスさまとはどんなお方かを知るようになるのです。イエスさまは、ご自身がこのことばを言う資格があるお方だということを、はっきり示されました。9節です。 ……このことばを聞いて、恐らくそこにいた人たちは、ぎょっとしたのではないでしょうか。なるほど、罪を赦すお方は神おひとりですが、このような手の施しようのない病人をいやすことがおできになるのも、神おひとりです。中風の人も、その人を運んできた4人の人も、イエスさまはそれができる神さまであると信じたからこそ、運んできたのではないでしょうか。 いや、よしんば、人気者のイエスさまのことばを単にこの病人に聞いてもらいたいから、という理由であったとしても、イエスさまに出会えるだけでこの絶望的な病人は生き生きする、と信じていたからこそ、大変な思いをして運んできたのではないでしょうか。みんな、イエスさまを信じていたのです。しかし、それをほんとうになさる現場に居合わせようとは……彼らは恐れに打たれるのと同時に、期待に胸を膨らませたにちがいありません。 パリサイ人はそれとはちがいました。自分は神さまのことをよく知っていた気になっていました。だが、聖書の啓示する神の子イエス・キリストのことは、何にもわかっていませんでした。そして、そんな宗教指導者たちに、ユダヤの社会共同体は毒されていました。イエスさまはそんな彼らに対し、ご自身が、人の罪を赦す救い主であり、人の罪をいやす癒やし主である、すなわち神であることを、はっきりお示しになったのでした。 家の教会とは、目に見える奇蹟の起こされる場所です。その最大の奇蹟は、罪人がイエスさまを主と信じ、その罪が赦され、神の子とされ、永遠のいのちが与えられる、ということです。みこころにかなえば、病気だって癒やしていただく奇蹟が与えられます。経済的な行き詰まり、家族関係や職場生活をはじめとした人間関係のトラブルも解決に導かれる奇蹟を体験します。 ただしこれは、家の中のような小さな単位で、秘密が絶対的に守られる中で、オープンに語り合うことを通して実現することです。こういう神さまのお取り扱いを受けることは、礼拝堂での日曜礼拝のような大きな単位での集会、双方向ではなく一方的な集会を通しては、とても難しいことです。しかし、それぞれのご家庭が開かれるならば、とてもやりやすくなります。私はここに、それぞれのご家庭を舞台に、イエスさまに向けたたましいの救いへの協力がなされ、救霊という大いなる奇蹟を体験する「家の教会」というものを、提唱したいと思います。 みなさま、コロナの流行は、多くの教会で、ともに集まることをためらわせました。しかしそれでも、変わらずに人が集まる場所があります。それは、家庭です。家庭を、イエスさまを中心に迎えた場所として、大事にしていただきたいのです。そしてこの家庭が魅力的ならば、人は集まってきます。今はコロナ流行で、家を開放するには主の時ではないとお考えかもしれません。そのお考えは尊重されるべきです。しかしそれでも、今から祈って主の時を待ち望みつつ、備えていただきたいのです。そのときが、たましいの救いに向かって前進するときです。 この働きに用いられることは、私たちにとっては癒しです。私たちもまた、みんなと一緒にイエスさまに会って、触れていただくからです。時には横たわった患者のよう、時にはその患者をイエスさまのもとに運ぶ人のよう、しかし私たちは家において、イエスさまだけが与えてくださる罪の赦し、いやしをいただきます。感謝したいと思います。

元始、教会は家であった その2~主イエスを家庭に招き入れる~

メッセージ;元始、教会は家であった その2~主イエスを家庭に招き入れる~  私ども夫婦は韓国に住んでいた頃、外国人に料理を教えながら宣教する、山内さんという名前の若い女性の友達がいました。彼女は国籍は日本でしたが、韓国の名前を持っていて、ハングルで印刷された名刺もいただきました。「イェ・マルタ」という名前でした。苗字の「イェ」は、イエスさまという意味だそうで、マルタ、は、彼女のお師匠さんにあたる韓国料理研究家の女性が名づけました。私どもはこの名刺を眺めながら、へえ、マルタって名乗る人もいるもんだな、面白いな、と思ったものでした。  こんなことを思うのも、彼女はとても可愛らしい印象を与える人で、マルタという名前との取り合わせが妙だったからです。なんだか聖書を読むと、マルタは妹のマリアに比べるとちょっと可愛くない印象を受けると思いませんか? アメリカやイギリスには、メアリーさんはいっぱいいても、マーサさんはそこまではいません。有名人でも、カリスマ主婦のマーサ・スチュアートくらいしか知りません。彼女はカリスマ主婦ですから、マーサというお名前がよく似合いだと思いますが、みなさんはいかがでしょうか?  まあ、それはともかく、本日お読みしました本文、これは、マルタとマリアの姉妹の物語です。少し前に、彼女たちの兄弟のラザロのよみがえりから私たちは学びましたが、この姉妹は察するに、親がいません。男手のラザロに稼ぎを頼っていたと推測できます。  この姉妹は、イエスさまにとってどんな立場だったのでしょうか? イエスさまと人々の関係は大きく分けて、「群衆」と「弟子」に分けられます。イエスさまのあとをぞろぞろとついていくけれども、結局はイエスさまから離れてしまうような人たちは「群衆」です。まるでそれは、あまり賢いとは言えない羊の群れのようです。 言ってみればユダヤ人の群衆の間で「イエスさまブーム」が起こるわけです。ブームだから乗り遅れないように、と、ぞろぞろとイエスさまについていくのです。しかしこれでは、何かあったらイエスさまへの信仰をなくしてしまいます。そういうことは何度もあったことが、福音書を読めばわかります。残念なことですが、こういう方は古今東西存在しつづけて、現代の日本の教会にもいるものです。 これに対して「弟子」は、イエスさまについていくと決めたら、一生イエスさまについていく人です。こういう人は、他人がどうあれ、イエスさまについていくということにおいてはぶれません。厳しい訓練にも飛び込んでいきます。そして、率先して神さまのご栄光を顕していくようになります。 聖書というものは、「群れ」ではなく「弟子」という存在を念頭に置いて書かれています。神さまのみこころは、私たち人間が「群れ」で終わるのではなく、「弟子」として、一生イエスさまについていくことです。 しかしこの、マルタとマリア、ラザロの三きょうだいを見てみますと、この3人は「群れ」や「弟子」というカテゴリーに入りきらない存在のようです。牧師や神学者の先輩方は、この三きょうだいのことを、イエスさまの「友」または「友だち」と呼んでいます。 イエスさまに友にしていただけることは、とてもすてきなことです。ヨハネの福音書15章、13節から15節をお読みしましょう。 イエスさまは私たちの友だから、大事な友である私たちのためにいのちを捨ててくださったのです。イエスさまご自身が私たちのことを、もうわたしのしもべではない、わたしの友だ、と言ってくださったのです。あなたはわたしの友だから、わたしの父である神さまのみこころを、全部あなたに知らせよう……。 そのように、イエスさまが友として選び、そのみこころを余すところなく知らせた存在、それがマルタであり、マリアであり、ラザロであったわけです。 私たちはイエスさまの弟子として召されていると信じていますでしょうか? その召しのとおり、私たちは主の弟子でありたいものですが、それ以前に、イエスさまの「友」です。でも、言うまでもないことですが、私たちがイエスさまのことを「友」にしたわけではありません。そんなのは畏れ多いことです。私たちはイエスさまに、「友」としていただいた存在です。 私たちなどイエスさまの足もとにひれ伏すしかない者たちです。近づくこともできない者たちです。それを友として選んでいただいたとは、そのもったいない恵みに、ただ感謝するしかありません。 そんな私たちにとって、マルタ、マリア、ラザロの三きょうだいは、モデルです。イエスさまに愛された、友にしていただいた、という点で、モデルです。私はメッセージでよく、愛する上でのモデル、ということを語ってまいりましたが、「愛されるモデル」というのがあってもいいと思います。 愛されるということがなぜモデルとなるのでしょうか? それは、私たちは、愛されていることが実感できて初めて、愛することが実行できるようになるからです。愛なる神をもっとよく体験することが、私たちにとって必要ではないでしょうか。 それでは、イエスさまはこのきょうだいに対し、どのように愛を行われたか、その愛にきょうだいは、どのようにお応えしたか、実際に見てみましょう。 第一にイエスさまは、きょうだいの家を訪問してくださいました。 とはいいましても、イエスさまとその一行はマルタの招きを受けて家に入っていらっしゃいます。このきょうだいは、ぜひともおうちにイエスさまをお招きしたい! その思いであふれていました。 私たちがイエスさまを迎え入れたいという思いにあふれるならば、それは素敵なことです。私たちはときに、隠しておきたい事情があったりするならば、それがほかの人にはもちろんのこと、教会の交わりにも、家族に対してさえも、堂々とは話せないものです。 しかし、家族であれ、教会であれ、交わりの中心にイエスさまをお迎えしているという意識にあふれているならば、私たちの交わりはとてもオープンなものとなりますし、その交わりを通して、私たちは、いやし主なるイエスさまの癒やしを体験します。 想像力をたくましくしますと、このきょうだいの家族は、父親も母親もなく、三人で肩寄せ合って暮らしているところからして、愛に飢えていた、と言えるでしょう。また、この2人の姉妹は未婚でもあり、社会からは好奇の目にさらされたり、疎外されたりといったことも有り得たでしょう。それなのに、結婚するような機会は巡ってこない……どれほどつらかったことでしょうか。そんなきょうだいが肩寄せ合って暮らしていたのです。 そんな彼らでしたが、イエスさまをお迎えすることで、もう寂しくない、私たちは神さまの愛で愛されている、この思いに満たされることができたのでした。イエスさまもそんな彼らの家に、喜んで入っていってくださったのです。 また、この家を訪問したのは、イエスさまだけではありません。弟子たちもいっしょでした。これで、マルタとマリアの家は、あっという間に教会になりました。はい、まさしく、家が教会なのです。 私たちはここで、恵まれるうえでの2段階を見ることができます。第一に、家にイエスさまを迎え入れる、そして第二に、家にイエスさまの弟子たちを迎え入れる、ということです。 まず、マルタとマリアは、ペテロやヤコブやヨハネに会いたかったというよりも、言うまでもなく、イエスさまに会いたかったのでした。もちろん、ペテロたちに会えてもうれしくはあったでしょう。しかし、ペテロたちに会えてうれしかったのは、彼らがイエスさまの弟子だからであり、イエスさま抜きで彼らに会っても、そこまでうれしかったでしょうか。 私たちはですから、家庭での交わりに、イエスさまをお迎えしているという大前提が必要です。今、ご家族でクリスチャンはおひとりとか、やむを得ない事情でその家族での交わりにイエスさまを迎えられないという方は、ぜひとも、ご家族がイエスさまを迎える家族になれるように、お祈りしていただきたいのです。家族の救いというものは、もちろん、愛する家族にイエスさまを知ってほしいから、祈るものではあります。しかしそれ以上に、イエスさまが私たちの家に訪ねてきたいという、その御思いにお応えするためです。 ヨハネの黙示録、3章20節をお読みしましょう。……イエスさまがともに食卓に着き、私たちのつくった食べ物を食べてくださると想像してください! それはどれほどうれしい食卓でしょうか? 私たちが食事のとき、イエスさまの御名によってお祈りするということは、イエスさまに一緒に食卓に着いていただき、食事を取っていただくということです。私たちの食卓は果たして、イエスさまをお迎えするにふさわしい交わりとなっていますでしょうか? 砂を噛むような味気ない食卓になっていないでしょうか? この世的な話題、あるいは教会の人間関係のゴシップも含めた噺でなら盛り上がれても、主の恵みは分かち合えないではいないでしょうか? イエスさまが席についてくださる。語ってくださる。私たちは家庭であれ、教会であれ、交わりの中にイエスさまをお迎えしている。そんな家庭の交わり、教会の交わりとなるように、祈ってまいりましょう。私たちの語ることばが導かれますように、祈ってまいりたいと思います。 もうひとつ、イエスさまはどのようにこの家族に臨んでくださったのでしょうか? それは、マルタのことを、主の子どもらしく整えてくださる、という形でです。 マルタは、手伝ってくれないマリアにいらいらしていました。しかし、マルタは直接、マリアに「手伝ってよ!」ということはしませんでした。イエスさまに言いつけたのでした。 しかしイエスさまはそんなマルタを、優しく叱ってくださいました。理由は3つあります。まず、マルタはいろいろなことに心が乱れていたから、次に、ほんとうに必要なことはひとつだけだということをマルタは見失っていたから、そして、マリアからそのよいものを取り去ってはいけないから、です。 マルタがいろいろなことに心が乱れていた、とは、どういうことでしょうか? マルタが奉仕をして、イエスさまとその一行をもてなすことはとても素晴らしいことです。しかしいつの間にか、マルタには、奉仕することそのものしか見えなくなってしまっていました。 本来ならば、イエスさまを迎える際には、もっと落ち着いていてしかるべきだったのではないでしょうか? 先に食事をあらかじめ用意して、いざイエスさまをお迎えしたらすべきことを極力最小限にするなどしてです。しかしマルタは、とにかく最上のもてなしをしなくては、その思いにとらわれて、忙しくしすぎて、イエスさまの喜ばれることを見失っていたのでした。 そこで、ほんとうに必要なものとは何か、ということを考えましょう。それは、イエスさまのお気持ちです。ここでイエスさまは、マルタがつくってさしあげた料理を召し上がるわけです。しかし、イエスさまにとってのほんとうの食べ物とは何かが、ヨハネの福音書4章34節に語られています。それは、「わたしを遣わされた方のみこころを行い、そのわざを成し遂げることです」ということです。 イエスさまは、ご自身がお休みになり、おいしい食べ物に舌鼓を打たれるならば、それで満足されるわけではありません。愛する友だちが、不満を抱えたまま忙しく立ち働くのを見ていては、ひとことおっしゃらなくてはならなかったのでした。 感謝なことに、マルタはこのとき、イエスさまのお声に耳を傾けて、忙しくてたまらなかった手をしばし休めることができました。そして、自分がどんなに、休ませてあげよう、というみこころを人に対して持っていらっしゃるイエスさまのお心がわからなくなっていたか、悔い改めに導かれたにちがいありません。 お掃除にしても、ごはんづくりにしてもそうですが、からだを使って行う奉仕というものは、疲れます。疲れてくると、疲れもせずに休んでいるように見える人が目に入ってきます。それは、人を批判し、さばく誘惑にさらされている、ということになりはしないでしょうか? しかしそのときから、私たちは「休ませてあげよう」というイエスさまの御声が聞こえなくなりかかっている、ということになるのです。これは家庭生活、教会生活の黄信号です。疲れてきたら、人を気にしないで、休む勇気も必要です。それでこそ、主の御前に憩いを得ることができるのです。 もうひとつ、奉仕はとても素晴らしいものですが、その奉仕そのものが目的となって、せっかくイエスさまがその場にいてくださっているという、その恵みを見失ってしまうようでは困ります。せっかくイエスさまが語られ、マリアがその足元でじっと耳を傾けているというのに、やれお水だ、ぶどう酒だ、ごちそうだ……などと、ばたばたお給仕するようでは、果たしてイエスさまはお喜びになったでしょうか? そうです、マルタのこの心乱れた奉仕は、みことばが語られる、この礼拝の雰囲気に大いに水を差すものになっていたのでした。この点でも、マリアが選んだよいもの、たったひとつの必要なものであった、礼拝が、無残にもマルタの手によって取り上げられようとしていて、それをイエスさまがストップされたというわけでした。 では、マリアの方はどうなのでしょうか? マリアは、マルタの性格をよく知っていたはずです。お手伝いしなければ叱られるかもしれない。しかし、イエスさまが来てくださったことによって、思いはイエスさまに集中しきりました。イエスさまが私に対してお喜びになることは奉仕ではない、みことばに耳を傾けることだ……。 奉仕は素晴らしいです。家事は素晴らしいです。料理が作られて人は肉体と情緒が養われ、掃除や片づけがなされてそこにいる人の気持ちがすっきりします。しかしそれも、イエスさまへの礼拝、みことばに耳を傾けることがあってこそです。それをしないでする奉仕は、心を乱すことにしかなりません。自分の心を乱すだけではありません。そこにいて、主のみことばに耳を傾けている人の心もです。 ここまでお話ししましたが、奉仕をするマルタと、みことばを聞くマリアは、どちらがすぐれているか、という問題ではないことをご理解いただけますでしょうか? どちらも素晴らしいことです。しかし、奉仕が礼拝の妨げとなるなら、これはいけません。自分の不満になっても問題ですし、人に対するおせっかいになっても問題です。 しかし何よりも、私たちはこのような、家庭生活にせよ教会生活にせよ、その生活においていちばんに意識すべきは、イエスさまが私たちに対して、どのようなみこころを持っていらっしゃるかです。 いったい、私たちが奉仕のし過ぎで苦しくなることを、イエスさまは願っていらっしゃるだろうか? その前に、「休ませてあげよう」という御声に私たちが素直に聞き従うならば、どんなにかよいことでしょうか? 家庭にせよ教会にせよ、私たちは集団で生活するわけです。しかし、私たちが集団なのは、お互いを見て比較するためではありません。一緒に、イエスさまの御前に行くためです。そのための奉仕です。これを間違えてはなりません。 そこで私たちは、主の御前に静まって、自分自身を省みたいと思います。私たちはイエスさまよりも、人が見えてしまっていなかったか? そのために、疲れていなかったか? イエスさまの御声を聞きましょう。イエスさまはそんな私たちを、慰めてくださいます。休ませてくださいます。 しばらく静まって祈りましょう。私たちはあまりにも忙しくしていなかったでしょうか? この礼拝に臨むときにも、家でやり残してきた家事や、ふだんのお仕事のことなど、気になって仕方がないことがあったりしなかったでしょうか? しかし、私たちが今ここにいるのは、習慣、ルーティン・ワークとしてではありません。このような私たちの弱さをすべてご存じの上で、なお私たちを愛し、守ってくださる、主に心からの礼拝をささげるためです。それは自分だけの礼拝ではありません。ともにささげる礼拝のためにです。 イエスさまが、このような私たちの教会に、家庭に入ってきてくださり、私たちを治めてくださることを感謝いたしましょう。私たちも、イエスさまをお迎えする喜びに満たされてまいりましょう。

「元始、教会は家であった その1~監督の徳目」

聖書箇所;テモテへの手紙第一3:1~7/メッセージ題目;「元始、教会は家であった その1~監督の徳目」  信仰の父アブラハムについての学びは、先週でひとまず区切りといたします。24章からは、アブラハムからイサクへと主人公が移っていきますが、イサク、またその息子ヤコブについては、時を改めて学びたいと思います。  街にはクリスマスソングが流れ、年賀状の広告があちこちで見られています。いよいよ今年も押し詰まっているこのとき、あらためて、教会を構成する要素である「家」というものの持つ意味を、聖書のいろいろな箇所から学んでみたいと思います。  先週私ども夫婦は、「家の教会コンベンション」というものに参加させていただきました。オンラインでの参加でしたが、自宅でパソコンをつけて講義を聴くのは、なかなか楽しいものでした。それはともかく、私どもはあらためて、家の教会による教会形成におけるたくさんの示唆をいただき、恵まれると同時に多くのチャレンジをいただくひとときとなったのでした。  「家の教会」は、教会を構成するそれぞれの家庭の発展形と言えます。みなさん、今年初めの総会でお配りした「年報」の、牧会指針のページに書いたことをご記憶でしょうか? 「家庭礼拝の充実」ということを挙げさせていただきました。クリスチャンホームの方は、週に1回でも家庭礼拝の時間を持ちましょう、と奨励させていただいたのでした。  ところがあの総会から間もなく、たいへんな事態が起こりました。言うまでもありません、コロナ流行。しかしこのことにより、私たちはステイホームの生活の中、家庭において教会を形成するということ、それ以上に、家庭とは教会の一部である、ということを、いやでも意識したのではないでしょうか。  そこで、コロナに揺れに揺れたこの年を締めくくるにあたり、家とは教会である、というお話を、シリーズでメッセージさせていただこうと思います。  題して、「元始、教会は家であった」。婦人運動家、平塚らいてうのことば、「元始、女性は実に太陽であった」という、有名なことばのパロディです。  「元始、教会は実に家であった」。私たちは教会といいますと、礼拝堂という建物を連想し、礼拝とは、礼拝堂に集まることだと真っ先に思わないでしょうか。もちろん、そのとおりです。 ところが本来、教会とはそういうのもではありませんでした。教会とは、はじめのはじめ、礼拝堂のような大きなスペースにだけ集まる集合体ではありませんでした。 私たちは、新約聖書の教える教会とは何か、ということを確かめることで、イエスさまが願っていらっしゃる本来の教会の姿、原点に立ち戻ることをしてまいりたいと思います。 ひとことで言います。新約聖書の教会は「家」です。新約聖書の中で「ローマ人への手紙」から「ユダの手紙」までの、合計21の「手紙類」は、現在進行形の教会形成に必須の内容でしたが、ここでいう「教会」は、現代に存在する大きな礼拝堂の「教会」ではありません。手紙類を読む大前提として、これらの手紙類が「家」に宛てられたものであることを、私たちは理解する必要があります。  コリント人への手紙第一、16章19節をご覧ください。「アキラとプリスカ、また彼らの家にある教会が、主にあって心から、あなたがたによろしくと言っています。」アキラとプリスカが自宅を提供して、そこに人々が集まっていたわけです。 コロサイ人への手紙4章15節も、ニンパと彼女の家にある教会によろしく、とあります。ピレモンへの手紙は、ずばり、その宛先が、2節にあるとおり、ピレモンの家にある教会、つまり、ピレモンが家を解放して持っている教会であることがわかります。 手紙類をはじめ、新約聖書は、そのように家々に集まったクリスチャンたちを対象に書かれたものであるわけで、その前提で読むべきものです。そこで本日私たちが考えたいこと、それは、クリスチャンの共同体なる教会の、そのコアにあたる、家庭、その発展形としての家の教会についてです。 さきほども申しましたが、教会というものは、家庭の大きくなったものです。あるいは、家庭の延長線上にあるものです。言うなれば、個人の集まりが家庭、家庭の集まりが家の教会、家の教会の集まりが公的な礼拝、となろうかと思います。 私はうちの教会を牧会して7年目になりましたが、うちの教会の大きな特色は、礼拝において、家族ごとに座る傾向がとても強い、ということです。これはとてもすばらしいことではないかと思います。これはうちの教会が、それぞれの家族、クリスチャンホームの集合体としての教会を形成している、ということであり、聖書的に見ても理想的な教会のあり方ではないかと考えます。 本日の箇所、テモテへの手紙第一3章1節から7節は、監督、つまり家の教会の信徒たちをケアする役割の人は、いかにあるべきか、それを語る中で、彼らの品性や、彼らの家庭のあり方が問われています。 聖書でいう監督というと、こんにちにおいては一般的に「牧師」、「牧会者」という意味に解釈されています。もちろん、それも間違いではありません。しかし、監督の条件であるこの箇所のみことばに当てはまる人は、フルタイムで有給の牧会者にかぎらないのではないでしょうか? この条件が当てはまる人でも、牧師という肩書を持っていないならば、せっかく書かれたこのみことばも、その人には関係がないということになるのでしょうか? 私は、そうではないと解釈します。信徒とは、フルタイムの教会献身者ではない形で教会を構成する人ですが、本来、教会の主体は信徒です。信徒は教会の主体ですから、牧会の働きが担えるのです。伝道と弟子づくりに取り組むことができるのです。 取り組むことができる、どころではありません。伝道にしても弟子づくりにしても、本来、信徒が担ってしかるべきものです。ほんとうの問題は、それで信徒が忙しくなることではありません。問題は、信徒が取り組んで得られるその喜びを、牧師が奪い、独占してしまっていたことです。私も含め、牧師はそのことを、もっと悔い改める必要があります。 そこで今日の箇所の「監督」というものは、少なくとも家庭という形で教会を構成している私たち一人ひとりに当てはめて考えていただきたい課題です。 この、監督の備えるべき徳目として列挙された品性は、クリスチャンであるなしに関わらず、すばらしいもの、備えるべきものであるということに、異論のある人はいないでしょう。しかし、それだけならば、キリスト教は倫理を教えるものでしかなくなります。 ここでこれだけ徳目が列挙されているのは、家を中心として教会が形成されることと、深い関係があります。したがって、家を中心とした教会形成と関連づけて、これらの徳目はひとつひとつ理解される必要があります。それでは、見てまいりたいと思います。 まず、監督の働きは、1節にあるとおり「立派な働き」です。それは異存ないところでしょう。しかし、「立派」というのは、世の中の人たちが求める「立派」というものと、必ずしも一致しません。人々の上に立って支配し、横柄に振る舞ってはばからないことを「立派」と、世の人たちは思うかもしれません。しかしそうではなく、「仕える」ことでその人は「立派」なのです。 イエスさまというお方が「立派」なのはもちろんです。しかしイエスさまは、なぜ「立派」なのでしょうか? イエスさまは、人々を横柄な態度で支配するようなお方でしょうか? まったくちがいます。弟子たちの足を、それこそしもべのようになって洗ってくださるお方です。低くなってへりくだる。しかし、神の国に属する私たちは、そんなイエスさまのことを「立派」と思うでしょう。 そうです。へりくだるリーダーだから、監督は「立派」なのです。イエスさまがそうなさったように、へりくだることが、リーダーのいちばんの条件です。 では、家族の中で監督の役割を果たすリーダーはだれでしょうか? お父さんであり、夫です。夫たる男は、キリストの栄光の現れであることを、理解する必要があります。だから、キリストがへりくだられたように、へりくだることです。それでこそ立派な男性なのです。 とは言いましても、ご家庭によっては、家長でいらっしゃる男性がまだイエスさまを信じておられないケースもおありでしょう。それでも、ここにいらしている方は、それぞれのご家庭において主のご栄光を顕し、とりなして祈ることにおいて、主から霊的主導権が託されていることを記憶していただきたいのです。 その前提で、第一テモテ3章を読み進めてまいりますが、2節に入りまして、そういう人は、非難されるところがないことも条件になります。 もちろん、法律を犯したとか、倫理的にとても許されないことに手を染めたとかは論外です。しかしそうでないとしても、私たちはいつ、どんなときにも清廉潔白ということはありえるでしょうか? どこかでほころびがあるものです。それを指摘されたならば、非難された、ということになりはしないでしょうか? もしそうならば、非難されるところがない、という条件に当てはまる人などいるのでしょうか? そこで、家長にせよ、教会のリーダーにせよ、すべきことがあります。非難はされるでしょう。でも、非難されたままにしないことです。非難されるようなことがあったならば、神と人の前に悔い改めることです。いけないのは、開き直って、家庭であれ、教会であれ、共同体の中にいつまでも、非難の根を残したままにすることです。 一人の妻の夫……これは、テモテが任されていたエペソのような異邦人の社会においては、特に問われるところでしょうが、これは、性的に潔白であるということです。これはクリスチャンとして、つまり、共同体を預かるリーダーとして、必須の条件です。ひとりの配偶者以外の人に性的に惹かれるようなことがない、それが条件です。自分を制し……感情の赴くままのクリスチャンというのがたまにいて、そういう人は、何をやってもイエスさまに許されている、とうそぶき、勝手なことをします。とんでもないことです。罪が十字架につけられたなら、もはや罪に対して死んだ者であり、肉的な感情の赴くままに生きるということは矛盾します。御霊に満たされている人なら、自制、という、御霊の実を結んでしかるべきです。この自制が、家庭にはじまり、教会にまで影響を及ぼすのです。 慎み深く……つまり、神さまがおのおのに与えてくださった限度を超えず、それぞれの信仰の量りに応じて謙遜な態度を保つ、要するに、思い上がらないことです。これは、教会はもちろんのこと、家庭でも必要な態度です。この、慎み深いということにつきましては、後日、日を改めましてお話しさせていただこうと思います。 礼儀正しく……愛は礼儀に反することをしないと、第一コリント13章の「愛の章」にあります。愛は、相手を尊重し、尊敬すること、礼儀という形で実を結ぶものです。この「礼儀」は、親しき中にも礼儀あり、と言いますが、家族の中にもあってしかるべきです。子どもが礼儀をわきまえた人になるには、親が、礼儀正しい姿を忍耐強く示すことです。 よくもてなし……信仰が成熟して愛の人になるということは、人を実際にもてなすという形で実を結びます。愛というものは、自分の中で完結するものではなく、相手あってのものです。今、コロナウイルス流行でおいそれと人を招けなくなっていると思うかもしれませんが、それでも私たちには最低限、顔と顔を合わせて交わりを持つ人はいるはずです。 ひとつ屋根の下に暮らす家族は、その最たる存在でしょう。あるいは、よほど親しい人なら、コロナということを気にしないで訪ねてきてくれるかもしれません。もちろん、三密ですとか、防疫に努めることは大事なことですが、その上で、その大事な存在に、自己中心のコミュニケーションを仕掛けるのではなく、尊重し、相手に仕える行動をするのです。 教える能力……これは、自分には備わっていない、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、親になれば、だれでも子どもに教えるではありませんか。そう意識すれば、教えることができてしまうものです。 教会における私たちも同じことで、私たちがもし、ふだんからみことばによって教えられているならば、私たちは単に、そのままを人に語ればいいだけのことです。難しいことはありません。家庭の発展形である家の教会は、信徒たちが互いに語り合うことによって、結果的に「教える能力」が身に着いていくものです。 酒飲みでなく……お酒というものに関しては、キリストの教会の中でも教団教派によって見解の違いがあります。しかし、私たちもその一員である福音派は、押しなべて、お酒というものは避けるものという考えを持っています。だから、主の晩さんにおいてもそれを徹底して、ぶどう酒ではなく、ぶどうジュースを用いています。 つまり、酒飲みではないというのは、お酒を飲むけれどもお酒に呑まれない、という意味ではありません。アルコールは一滴も口にしない、ととらえるべきでしょう。私たちは主から、御霊に満たされることが命じられていますが、それと対照的に戒められていることは、お酒に酔うことです。酔うつもりもないならば、私たちはお酒など飲まなければいいわけで、お酒を口にするならば、たとえわずかにせよ、必然的に酔うことにつながり、そこには御霊の交わりが妨げられることになります。 聖書的にふさわしい家族の交わりは、お酒のないところに成立し、そこに御霊の交わりが成り立ち、それが発展して、お酒なくして人を招ける、楽しくもてなせる、という形になります。 乱暴でなく……当たり前だとお思いでしょう。でもみなさん、ご存じでしょうか? これを言うと大変ショックかもしれませんが、クリスチャンホームにも家庭内暴力のケースがあるという話をときどき聞きます。嘘ではありません。 男性は特に、粗暴な部分が暴力という形で出てしまう弱さを抱えています。まさかそれを外で出すこともできないので、ドメスティック・バイオレンスという形で、家庭を混乱と悲惨に陥れます。これは、それでもイエスさまはゆるしておられるという問題ではありません。いち早くやめるべきです。肉体的な暴力だけでなく、ことばや態度での暴力もいけません。でも、そこから立ち直り、愛し合う家族になったならば、それは素晴らしい証しになります。その証しをオープンにして、主のご栄光をともにほめたたえたいものです。 柔和で……マタイの福音書5章の、8つの幸いのひとつの徳目です。これは、「謙遜な人」という意味にもなります。人から過ちや足りないところを指摘されたら、意固地にならず、素直に認める。人から過分にほめられてもおごらない。そういう主人に育てられるならば、子どもたちも、イエスさまご自身がなぜ柔和な人のことを「幸いである」とおっしゃったのか、肌で実感するようになるでしょう。そしてその雰囲気は、彼とともにいる信徒たちにも伝わるようになるはずです。   争わず……私たちが受け入れているイエスさまは真理そのものであり、この真理を脅かす、たとえば異端のような存在、あるいは、人を人とも思わないでめちゃくちゃに扱うようなブラックな存在に、カルトのような存在に対しては、私たちは断固としてノーを突きつけ、それ相応の戦いをする必要があります。 しかし、そういうことではなく、ただ単にリーダーである自分が大事にされないとか、自分の思うとおりに家やグループが進んでいかない、とか、そういうことでいちいち腹を立てて、争いを起こすようでは困ります。私たちは、そのような自己中心が取り扱われる必要があります。 金銭に無欲で……金銭を愛することは、あらゆる悪の根であるとみことばは語ります。人は神さまの恵みのような目に見えないものよりも、お金のような目に見えるものにひかれてしまう弱さがあります。しかし、お金は偶像であり、サタンは、この偶像を用いて、教会の中に争いを起こしたり、ふさわしくない力関係を立て上げようとしたりします。お金を稼ぐよりも主の栄光を顕す、それが社会に参加することである、と、しっかり知っている人が、クリスチャンホーム、そして教会を立て上げるにふさわしい人です。 そして、4節と5節です。……これは私にとって、とても耳が痛いことばと思います。私が第一に大事にすべきは、自分の家庭です。しかし、家庭を大事にするとは、子どもたちを甘やかすことで時間と労力を浪費することではありません。子どもたちがしっかり立っていくように導くことです。 これが教会形成と深い関係があるのは、わけがあります。いったい私たちは、子どもを自分の所有物と思っていますでしょうか? それとも、神さまの栄光を顕す存在に育つため、しばらくの間お預かりしている存在と思っていますでしょうか? 子どもを自分の所有物と思うなら、その愛はエゴ、自己愛にすぎないものです。自分が好きな時にしか関心を向けなかったり、自分の思いどおりにならないと激怒したりします。しかし私たちは、そうであってはなりません。子どもたちは自分たちの子どもである以上に、神の子どもとして育つべき存在です。いずれ、この世において神さまの栄光を顕せる存在に育たなければなりません。 だから私たちは、子どもの所有権は神さまにあることを認めるのです。そうすれば、私たちは恐れをもって子育てに取り組み、のちの日に子どもを一本立ちさせることを学ぶでしょう。 教会形成も同じことです。私たちは、エゴによって派閥をつくるようなことをしてはいけません。派閥とは、信徒をリーダーの所有物にすることです。どの信徒も人に言われたり、強制されたりではなくて、たましいの救いと弟子づくりに献身しつつ仕え合うように育て合う、それがほんとうの牧会であり、教会形成です。 信徒は牧師の所有物ではありません。牧師にとって信徒とは、イエスさまを愛するその愛をライセンスに、しばらくの間、牧させていただいているだけの存在です。教会においては牧師ひとりが神の栄光を顕すのではありません。教会の信徒全体が、たましいの救いと弟子づくりに献身して、神の栄光を顕すのです。 たましいの救いと弟子づくりに取り組む信徒は、必然的に、あとにつづく人たちにとって、リーダーの立場になります。したがって私たちはみな、家庭を治めることにより、キリストのからだなる教会に仕えるとはどういうことかを、実際的に身に着けていくことが求められているわけです。こうして、あとにつづく人たちも、たましいの救いと弟子づくりに取り組む教会の主体として立っていくことになります。 最後に挙げてある2つの条件も見てみましょう。信者になったばかりの人は、いきなり、たましいの救いと弟子づくりを任せてはいけません。そういう人は、まだ自分は訓練が必要だということを、まず知る必要があります。聖書知識を学ぶ以上に必要なのはキリストに似た者となることであり、そのためには、ある程度の期間、主のみことばを体験する証しに満ちた共同体の中で学ぶ必要があります。 具体的には、家の教会のような、お互いがお互いを教え、仕え合う小さな単位の共同体の中で学ぶのが最も理想的です。そのようなプロセスもなしにリーダーに立てるのは、自己中心の間違った教えを伝えさせかねないことであり、極端な言い方をしますが、悪魔の所業を許すことです。絶対に避けなければなりません。 そして、教会の外に評判の良い人。つまり、証しになる生き方をしている人です。教会生活は真面目に取り組んでいても、職場や地域社会で評判の良くないような人は、リーダーになるべきではない、というわけです。こんな人がクリスチャンなの! と、後ろ指を指されるような人がいれば、教会にとって、ひいては神の栄光において、マイナスにしかなりません。 これはしかし、小グループのリーダーにかぎりません。私たちはともにキリストのからだなる教会を立て上げる信徒たちであるなら、すべからく、ここでパウロがテモテに伝授したような、監督としての徳目を備えるように取り組むべきです。以上の徳目はしかし、教会が大礼拝にしか集わないような大きな単位でのみ動くならば、目に見える形では表れてこないものです。問題になる部分は、大礼拝に参加するだけのクリスチャン生活では、隠れていたり、そもそもだれの目にもつかなかったりするものです。しかし、それはふさわしい教会形成のあり方ではありません。…

未来に向けて種を蒔く

聖書箇所;創世記23:1~20/メッセージ題目;未来に向けて種を蒔く 私が青春をささげた東京での教会開拓時代のことは何度かお話ししましたが、千駄木という東京の下町で、教会開拓の働きを始め、私も伝道師という立場でそこに混ぜてもらっていました。 最初は、マンションの一室からのスタートです。しかし日曜礼拝がスタートして1か月で、そのマンションの商業スペースが、大家さんの好意で安く使えることになり、そのスペースを改装して、礼拝堂にしました。 しかしたいへんだったのは、近所から苦情が来て、礼拝や集会が中止する寸前まで追い込まれたことが何度もあったことです。今でも思い出すと緊張しますが、礼拝の時間に、苦情を申し立てた人がお巡りさんを引き連れてやってきたこともあったものでした。 泣きっ面に蜂、と申しますか、その好意を示してくださった大家さんはマンションの所有権をほかの不動産屋さんに売り、すると、教会のテナント料が数倍にはね上がり、ただでさえ苦しい教会財政を思いきり逼迫させました。 これはなんとかしなくては……主任牧師はほうぼうからお金を集め、韓国の教会から支払われる退職金さえ前借りして、千駄木から少し離れた千住の町に良い物件を見つけ、開拓からわずか2年でしたが、引っ越しました。 千住のその物件は袋小路にあり、表通り沿いだった千駄木の物件に比べると、その点では見劣りしました。また、千住は千駄木のような観光地でもなく、町としていかにも地味でした。しかし私たちは、これ以上ないほど喜んだものでした。ああ、これで動かなくてすむ! 礼拝も堂々とささげられる! 教会の方々は、ほぼ韓国の方々で固められていました。私はそのような方々をお相手に働かせていただいて、それこそ聖書の表現を借りれば「寄留者」として日本に生活することは、どれほど不安定で、また気持ちも不安になることか、思わずにはいられませんでした。 せめて、神さまを礼拝する場所ばかりは、安定した場所になってほしい、私はそのように祈りを込めて働かせていただいたものですが、土地建物が自分たち教会のものになり、そこで堂々と韓国語で礼拝をささげ、韓国語で賛美をし、韓国語でお祈りをし、韓国語で会話をし、キムチを中心とした韓国料理を食べる教会生活ができるようになって、ああ、ほんとうによかったなあ、と思ったものでした。 本日の聖書箇所、創世記23章をお読みし、学びながら、そのころのことを思い出しました。まことに、寄留者として客地に生きることは不安定な生活を強いられることですが、それでもその地に生きる証しを立てることは必要です。なぜならば、子どもたち、孫たちまで、不安定な生活をさせるわけにはいかないからです。 今日の箇所にまいりましょう。1節、2節のみことばをお読みします。……アブラハムの愛する妻、サラは死にました。127歳ですから、長寿を全うしたというべきですが、アブラハムは泣きました。 サラとは、いろいろなことがありました。異邦人の王に2度も召し入れられそうになっても、アブラハムは自分の身を守ろうともしました。サラ以外の女性と交わり、子をなしたこともありました。その子イシュマエルを巡ってサラの激しいことばを受け入れざるを得なくて、大いに苦悩したこともありました。しかしそれでも、サラはアブラハムにとって、愛する女性だったのでした。 主にある人が亡くなるということは、天国に行くということであり、それは喜ぶべきことといえば確かにそうです。しかし、私たちは堂々と悲しんでいいのです。泣いてもいいのです。主よ、なぜ愛する人のいのちを取ったのですか! 私たちはこのように、何度も悲しみに正面から向き合いながら、悲しむ者とともに涙を流してくださるイエスさまの愛を知ることとなるのです。 しかし、アブラハムはいつまでも悲しんでばかりもいられません。サラを葬るということをしなければなりません。しかし、アブラハムはその土地にあって寄留者です。サラを葬るために、この土地の所有者にお金を支払って、土地を手に入れなければなりません。 この「土地を手に入れる」ということは、重要な意味を持ちます。アブラハムはすでに、ベエル・シェバという、定住すべき土地がありました。しかし、それでもなお、アブラハムは、半分遊牧民のような生活を続けていました。 それが、サラの葬られる土地を手に入れるということは、そこに自分も葬られるということであり、息子のイサクも葬られるということです。時代は下り、イサクの妻のリベカ、ヤコブの妻レア、そしてヤコブがそこに葬られることとなりました。子孫に至るまで葬られる、これは、神さまが約束してくださったこの地を所有する権利を持っている、ということを、明らかにしていることになります。 そのためにもアブラハムは、サラを葬るこの土地を、正式な手続きを経て手に入れる必要がありました。3節と4節をお読みしましょう。 アブラハムの申し出に、この土地のヒッタイト人たちは何と答えたでしょうか? 5節、6節です。 アブラハムはヒッタイト人から見れば外国人、寄留者です。そんな彼のことを彼らは高く評価し、最上級の待遇をしようという意思を示しています。 しかし、これを額面通りに受け取り、彼らの好意に甘えるということは、いかにも厚顔無恥なふるまいです。第一コリント13章にありますように、神の民に備わっている「愛」の特質は、「礼儀に反することをしない」ことにあります。 この箇所は読み進めていきますと、ヒッタイト人がアブラハムのことを、それこそ下へも置かない待遇をしているわけではないことがはっきりします。私たちの場合はどうでしょうか? 神さまにお従いする生き方をしているなら、そこには、愛、寛容、親切、善意、誠実といった対人関係における御霊の実が結ばれていき、それはほかの人たちにとって私たちに対する素晴らしい評価へとつながるのですが、だからといって、私たちがいかにも、御霊の実を結んでいる素晴らしい人であるかのように自任して、振る舞うのはいけません。私たちがほんとうに御霊の実を結んでいるならば、謙遜になることが求められています。 とはいいましても、アブラハムは、土地を手に入れることは自分のするべきこととして主張しました。謙遜というものは、卑屈とはちがいます。いえ、私はそのような評価に値しません、そのようにへりくだるのは結構ですが、へりくだるあまり、この世界に対して引いてしまい、何の影響も与えられないようでは困ります。 アブラハムの場合は、どのようにしてこの土地を所有するヒッタイトに対して影響力を行使しようとしたのでしょうか? 8節、9節です。 まず、アブラハムは、「死んだ者を私のところから移して葬ることが、あなたがたの心にかなうのであれば」と、ヒッタイト人たちの心に委ねています。お墓というものは、なんといっても、亡骸(なきがら)を置く場所であり、ぞっとしないものです。いわんや、この時代、異邦人のお墓を用意してあげようなどということは、普通ならば考えられないことです。アブラハムは、異邦人の遊牧民として生きる自分の弱い立場を認めながら、なお、ヒッタイト人の好意にすがろうとしていました。 そしてアブラハムは、どこに葬るつもりかを語っています。ツォハルの子エフロンの所有する、マクペラの洞穴。このようなことをアブラハムがすぐに言えたのは、どこならば葬るのを許してもらえそうかということを、事前によくリサーチしていた、ということです。あるいは、11節でエフロンがアブラハムに対して語ったことばを見ると、アブラハムはエフロンとの間に、一定の信頼関係を築いていた可能性もあります。 11節を詳しく見てみましょう。エフロンは民の集まっている前で、それをアブラハムにただで譲ると宣言しました。エフロンとしては、気前のいいところを示したのでしょうか。あるいは、アブラハムに対する尊敬の念を示したつもりだったのでしょうか。 しかし、この土地をただで取引したとなると、後々まで問題を残すことになります。なによりも、この土地はヒッタイトの好意で手に入れたもの、という事実が、アブラハムとその家族を支配することになります。それは、ひいてはアブラハムの子孫であるイスラエル民族にも影響を及ぼすことになります。 それだけではなく、アブラハムの一家は、ヒッタイト人の土地をただでせしめた家門という悪名も手にすることになります。これでは、神さまが約束の地としてイスラエルにカナンを与えられることが、きわめてふさわしくない形でその根拠を持つことになります。 この点でも、アブラハムが彼らの「ご主人」と呼びかけたりすることばや、妙にへりくだった態度を示したりすることを真に受けなかったことは、よいことだったと言うべきです。アブラハムは何と答えたでしょうか。13節です。 アブラハムは、あくまで通り相場で土地を買わせてくださいと申し出ました。といっても、この点でも彼らの判断に委ねました。彼らヒッタイト人が許すならば、相応のお金を払って土地を買います、ということです。 するとエフロンは、前言を翻しました。15節です。 この銀400シェケルというのは、時代によって価値が異なります。だから、それが高すぎるか適正な値段なのかはわからない、という神学上の見解があります。私も基本的にはそうだろうとは思います。しかし、聖書のほかの箇所を読んでみますと、この「シェケル」に関して、興味深い事実が見えてきます。 サムエル記第二の最後に、ダビデがイスラエルの軍事力を推し量るために民の数を数えたという、主のみこころにかなわないことを行なったため、主の懲らしめを民が受けるという、大変なことが起こったことが記録されています。疫病でいっぺんに7万人が倒れたのでした。 今、私たちの生きるこの世も、疫病の流行という時代であり、この箇所はとてもリアルに感じられないでしょうか? しかし、現代のコロナウイルスの流行のこれといった責任者の所在を問うのがとても難しい一方、サムエル記第二の疫病の責任者ははっきり、ダビデでした。 心が咎めたダビデは、主にいけにえをささげることを決意しましたが、その場所をいけにえの牛とともに提供したアラウナは、最初ダビデ王の申し出に恐れ入って、どうかただで使ってください、と言ったのですが、ダビデは、いや、お金を払って買い上げたい、と、ゆずりませんでした。それでようやく、アラウナはダビデから銀を受け取ることを承知し、土地と牛を提供しました。なんとなく、今日の箇所に構造が似ています。 ダビデは、イスラエルが主の下されたわざわいから救われるように、ダビデ王自身の悔い改め、神との和解のために、このようにいけにえをささげることを必要としました。問題はこのとき、ダビデがアラウナに支払った銀です。それは50シェケルでした。 シェケルというのは通貨の単位ではなく、重さです。1シェケルが11.4グラムですから、50シェケルは570グラム、なかなか重いですが、これは言うなれば、ダビデが神さまと和解し、イスラエルがわざわいから救われるために支払われる代価を象徴的に表しています。 一方、アブラハムがエフロンに支払った額はいくらでしょうか? 銀400シェケル、約4.5キロの銀です。一応、この時代のシェケルがダビデの時代のシェケルと同じ価値と考えると、銀400シェケルは、ダビデが払ったシェケルの、なんと8倍です。単純に考えると、王さまが自分の罪のとがめのために払ったお金の、8倍もするということです。 そう考えると、相当に高い額を吹っ掛けられたと言えなくもありません。それでもアブラハムはいっさい値切らず、言い値で買うことを承知しました。それは、それほどこの地に拠点を置くことが、自分にとっても、ひいては神の民にとっても大事であったからです。 そして、アブラハムがこのように、相手の言い値を唯々諾々と受け入れて土地を買ったということは、それだけ、居留させてもらっている土地の主人であるヒッタイト人のことを大事に思っている、ということです。アブラハムは裕福な族長として、自分の権勢を誇って、ヒッタイト人の下へも置かない扱いを当然のこととすることもできたはずです。しかしアブラハムは、そのように振る舞うのをよしとしませんでした。 アブラハムは、このようにしてきっちりとお金を払うことで、この地のヒッタイトにとって証しとなる行動をしました。これは、私たちにとっても模範となる行動ではないでしょうか。 ペテロの手紙第一、2章11節と12節をお開きください。……はい、旅人、寄留者という表現は、明らかに旧約聖書のアブラハムのことを意識したうえで、私たちのことを指しています。アブラハムが寄留者であるように、私たちもこの世にあっては、天の御国を目指しながらこの地に寄留する、寄留者です。 そんな私たちは、この世の論理で生きることを余儀なくされますし、何よりも、私たちはこの世に生きているかぎり、肉の性質を帯びて生きることは避けられません。この肉の欲は私たちのたましいに戦いを挑み、私たちが神さまに従えなくなるようにする、すなわち、神さまのご栄光を顕すという、人として最高の生き方、当然の生き方をできないようにしてしまいます。 だから、この肉の欲を避ける生き方を私たちは、ともに目指す必要があります。アブラハムは肉の欲の源ともいえる、お金に対する執着を切り捨ててでも、アブラハムから見れば異邦人であるヒッタイト人の前で立派に振る舞いました。アブラハムのこの生き方がヒッタイト人をして創造主なる神さまをほめたたえさせたかどうかは神のみぞ知る、といったところですが、少なくとも、私たちもやはり異邦人でありましたが、アブラハムのこの生き方を見て、神さまをほめたたえています。 そして今度は、私たちがその生き方によって、あとにつづく人々が神さまをほめたたえるようにするのです。時にその生き方は、たましいに戦いを挑む肉の欲を避けるあまり、アブラハムが400シェケルの銀を手離したように、大きな犠牲を伴うものであるかもしれません。 しかしこれは、未来に向けて種を蒔くことと理解しておきたいものです。私たちは、葛藤を覚えるとき、天のお父さまを思いましょう。ひとり子イエスさまを十字架におつけになるほどの大きな犠牲は、信じるすべての人を生かし、そこに天の御国を実現してくださいました。私たちも十字架を信じる信仰ゆえに、天の御国に入れていただいています。 アブラハムは400シェケルの銀で、やがてイスラエルが約束の地を手にする礎を築きました。イエスさまは十字架の死によって、信じるすべての者を神の民としてくださり、御国を築いてくださいました。私たちも手離すことにより、大きな、大きな収穫を神さまが得させてくださることを、信じてまいりたいものです。 私たちにはまだ、これは自分のもの、これだけは譲れない、と、こだわっているものはないでしょうか? それを神さまの御手にゆだねる決心が与えられるように、祈ってみてはいかがでしょうか? 私たちの財産、私たちの時間の使い方、私たちの趣味……いろいろあると思います。しかし、私たちのあとにつづく人々から御国が立てられ、私たちも主とともに統べ治める者となるならば、何を惜しむことがあるでしょうか? それを手離すことにより、どれほど豊かな実を結ぶでしょうか? しばらく祈りましょう。アブラハムが、あとにつづく神の民のために、異邦人の間で立派に振る舞うために、400シェケルの銀を手離した、すなわち、未来に向けて種を蒔いた、その信仰に倣うために、私たちは何を手離すべきか、お示しください……。

アドナイ・イルエの神の子羊

聖書箇所;創世記22:1~24/メッセージ題目;アドナイ・イルエの神の子羊 私たちが聖書を読んでいると、ときに、感覚的によくわからなくなる記述に出会います。特に、神は愛なり、と語られているのに、なぜ神さまはこのようなことをお許しになるのだろうか、と、首をかしげてしまったりしないでしょうか。 しかし、それは得てして、私たち聖書を読む側の思い込みに問題があったりするものです。神は愛なり、というとき、私たちが思い描く「愛」というものが、聖書が語っている「愛」というものと一致していない、ということが、往々にしてあるわけです。 聖書を読んで感覚的に受け入れられなくなるとき、私たちのすることは、一回聖書を読んで拒否感を示したら、それきり読まなくなる、ということではありません。その箇所を一回こっきりではなく、何度でも聖書全体をお読みし、神さまのまことの愛とは何かを受け取ることです。聖書に語られていることが理解しにくいからと、あきらめないで、何度でも読み込んでいただきたいのです。 そこで本日の箇所です。本日の箇所も、なぜ神さまはこのようなことをお命じになるのだろうか、子どもをささげよだなんて! と、とまどったりしないでしょうか? そこで私たちは、この箇所のほんとうに語ろうとしていることを学び、神さまのみこころを受け取ってまいりたいと思います。 1節のみことばです。神さまがアブラハムに与えられたものは「試練」です。あなたの子、あなたが愛しているひとり子イサクを、全焼のいけにえとしてささげなさい。」 このご命令を受けたとき、アブラハムはどのような思いだったことでしょうか。私の個人的なことですが、まだ下の娘が小さかったとき、2人でごっこ遊びをしていて、娘はこんなことを言うのでした。私はブタの丸焼きになるから、とどめを刺して! 娘は「ブヒー、ブヒー」なんて言うんです。そこに私が刃物を振り下ろす真似をします。しかし、娘はまだ「ブヒー、ブヒー」なんて言います。これでは丸焼きにはなれません。 しかし、私はもう、刃物を振り下ろす真似などできなくなり、「もうやめよう……」と言って、別の遊びを始めさせました。ごっこ遊びとはいえ、娘に手をかけているような気持ちでいっぱいになり、あまりにもつらかったのでした。 ただのごっこ遊びでさえそうなのです。ましてや、山へ連れていき、ほんとうに全焼のいけにえとしてささげよと命じられたアブラハムは、どんな気持ちになったことでしょうか。 神さまがおっしゃるとおり、アブラハムにとってイサクは、「愛しているひとり子」です。手になどかけられるものでしょうか。しかし、神さまのご命令は絶対です。 もう、お分かりだと思います。アブラハムとイサクの関係は、御父なる神さまと御子なるイエスさまの関係を示していました。アブラハムがイサクを全焼のいけにえとして神さまにささげることは、父なる神さまが愛する御子イエスさまを十字架に死なせられることを示していました。 しかし、アブラハムの従順は、イサクをほふってそれで終わり、というレベルにとどまってはいませんでした。5節のみことばをお読みください。……アブラハムは、イサクとともに戻ってくると約束しました。イサクは、生きて帰ってくる。アブラハムはそう確信していたということです。これはどういう意味なのかは、のちほどお話ししているうちに明らかになってまいります。 6節をご覧ください。アブラハムは火と刃物を取りました。火はいけにえを焼き尽くすためのもの、刃物はいけにえをほふるためのものです。どちらも、いけにえのいのちをささげるために用いる道具です。そうです、イサクのいのちがアブラハムの手のうちにあることを、アブラハムが両手に持った火と刃物は雄弁に物語っています。 一方でイサクは、薪を背負っています。薪は言うまでもなく、木です。木を背負って山道を登るイサクの姿に、やはり何かを連想しないでしょうか? そうです。十字架を背負ってゴルゴタの丘をのぼるイエスさまのお姿です。まさしくイサクは、神さまがまことのいけにえとして十字架の上にて砕かれるイエスさまのお姿を、その十字架のできごとのはるか昔に表していたのでした。 ただし、イエスさまとイサクはちがうところもあります。イエスさまはご自身が十字架に掛かられ、いけにえとなられることの意味をよく理解していらっしゃいました。これに対してイサクは、まさか自分がいけにえとしてささげられようとは、思いもしていなかった模様です。7節と8節の会話をお読みしましょう。 まず7節で、イサクはここでようやく、なぜアブラハムがいけにえの羊を連れてこなかったのか疑問に思いました。しかしアブラハムは、その羊は神さまがその場で備えてくださると答えています。 アブラハムはこのように答えていますが、アブラハムは、当のイサクがいけにえとしてささげられるということに気づかれまいと、嘘をついたか、ごまかしたかしたのでしょうか? いいえ、そうではありません。アブラハムには、羊が備えられるという信仰はあったと見るべきです。 とはいっても、この時点でははっきり、アブラハムが神さまからそのように御声を聞いたという形跡はありません。2節をお読みください。しかし、それにつづいて神さまは、「……しかし、わたしは、その場に全焼のささげ物の羊を備えよう」とおっしゃってはいないわけです。 神さまがイサクの代わりに羊を備えてくださるということは、信仰をもって信じてはいました。実際に神さまは、アブラハムに対して具体的にそのことを約束してくださっていたわけではありません。しかしアブラハムは、約束の子イサクはきっと生きて帰る……必要なら神さまは、いけにえとしてささげる羊も備えてくださる……そのように、わずかな望みにかけながら、一歩、また一歩、歩みを進めていったのでした。 そしてアブラハムとイサクは、ついに神さまがお示しになった場所に着きました。神さまのご命令はあくまで、イサクを全焼のいけにえとしてささげるということです。アブラハムは祭壇を築いて薪を並べました。そしてイサクを縛って、祭壇の薪の上に横たえました。 イサクは、アブラハムのなすがままになっています。しかしイサクは、もう子どもではありませんでした。いけにえを焼き尽くせるほどの薪を背負って山を登れるほどの体格があったのですから、充分立派でした。しかしイサクは、アブラハムが命じるとおり、縛られるままになり、祭壇に横たえられるままになりました。そして、振り下ろされる刃物を待つのみとなりました。 これは、イサクの従順を表しています。神ご自身が、全焼のささげ物の羊を備えてくださる。イサクはアブラハムのそのことばを信じていました。しかし、神さまが父アブラハムにお命じになったのなら、自分が全焼のいけにえになれとのご命令にもお従いしよう……まさしく、全き従順です。 そしてアブラハムもまた、いよいよ主に対する従順を果たそうとしました。刃物を取り、息子イサクをほふろうとしました。そのとき、御使いがアブラハムの手を止め、語りました。12節です。 アブラハムは、2つの理由で、神さまから与えられた試練に合格しました。ひとつは、神を恐れていた、ということ、もうひとつは、ひとり子さえも惜しむことがなかった、ということです。 アブラハム以来受け継がれてきた私たちの信仰は、神さまを恐れるということ、そしてそれと同時に、御父なる神さまが、惜しむことなくひとり子イエスさまを十字架につけてくださった、ということを信じることです。 では、アブラハムがこのように行動したことは、信仰ということとどのような関係があるでしょうか? ヘブル人への手紙11章17節から19節です。 メッセージの冒頭でも申しましたが、時に私たちにとって難解に思える聖書箇所は、聖書全体をよく読むことによって、その葛藤を解決することがふさわしい方法です。この、ヘブル人への手紙の箇所をお読みすることもそれにあたります。 このヘブル書の箇所は、創世記22章のアブラハムのエピソードに対する、またとない解き明かしです。まずこのみことばは、アブラハムはイサクを「ささげた」と評価しています。 しかし、形だけ見ると、アブラハムはイサクを全焼のいけにえにしたわけではありません。そればかりか、イサクのことを刃物でほふってさえいません。しかしヘブル書のみことば、つまり神さまのみこころから見たら、アブラハムはイサクを「ささげた」のです。それは、御使いが「もう充分だ」と、アブラハムがイサクに手をかけるのを許さなかったことからも明らかです。 さらに18節、19節も見てみましょう。神さまがアブラハムに、イサクをささげよ、とおっしゃったことは、「イサクにあって、あなたの子孫が起こされる」と神さまがアブラハムにおっしゃったことと矛盾するではないか、という印象を持たなかったでしょうか? しかし、そうではないならば、残る可能性はただひとつ、「アブラハムはイサクが復活することを信じていた」ということです。 しかし、イサクは死にませんでした。代わりに、そこに備えられた羊、「主の山に備えあり」、「アドナイ・イルエ」の羊がささげられたのでした。それでもヘブル書のみことばは、アブラハムがイサクのことを「死者の中から取り戻した」と評価しています。 ここに、イサクをとおして私たちは、イサクの二重の立場を垣間見ることになります。まず、イサクはイエスさまの象徴でした。アブラハムは、イサクをほふっていけにえとすることをみこころとして受け取っていました。しかし、それと同時に、イサクは死んだままではなく、復活して、そのイサクから約束の民、神の民を生まれさせてくださると信じていました。 イエスさまも、その死によって御父に対する宥めの供え物となられましたが、三日目に復活されました。御父はイエスさまを、死者の中から取り戻されたのでした。 それでもイサクとイエスさまとの間には、決定的な違いがあります。言うまでもないことですが、あえて申します。イサクは死ななかったのですが、イエスさまは死なれたのでした。イエスさまを十字架の上で死なせるしかなかった御父のみ思いは、いかばかりだったことでしょうか。 イエスさまは十字架の上で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」、叫ばれました。何の罪のない神の御子が、私の、あなたの、私たちの罪をみな背負って、十字架の上で呪いを受けられました。そのように御子が叫ぼうとも、見捨てるしかなかった御父のみこころは、いかばかりだったことでしょうか。 もうひとつのイサクの姿、それは、備えられた羊によって全焼のいけにえとなるのを免れた姿ですが、何に似ているでしょうか? それは、まことの備えられた羊なるイエスさまによって焼き滅ぼすさばきの火を免れた、私たち信仰する者たちの姿です。 私たちは罪人です。私たちにふさわしいものは、焼き滅ぼす神の怒りの炎です。滅ぼされるべき者たちです。しかし、イエスさまは、私たちを愛して、この炎と燃えさかる御父の怒り、罪人を滅ぼさんとする怒りを、十字架の上に釘づけにされた両手で受け止めて、私たちを御怒りからかくまってくださいました。 イサクが、備えられた羊によって無事に帰ってくることができたのは、私たちがさばかれる代わりに、イエスさまがそのさばきを身代わりとなって受けてくださった、それゆえに私たちがいのちを得させていただいた、そのことを象徴しています。 最後に、本日学びましたアブラハムのイサク奉献について、新約聖書のまた違った角度の評価からも学んでみたいと思います。ヤコブの手紙2章21節から24節をお読みしましょう。 アブラハムが信仰の人であったということは、実際にイサクをささげるほどに神の御声に聞き従うことで証明された、というわけです。そうです、信仰は行いという形で実を結んでこそしかるべきであるわけです。 たしかに、イエスさまを信じさえすれば私たちは救われるのであって、救われて永遠のいのちを得るためには、それ以上のことをする必要はありません。 しかし、今度はその信仰を、神に救われた者としてふさわしい行いへと実を結ぶべく、神さまに拠り頼む方向へと生かしていく必要があります。 面倒なことはしなくていい、やりたくないことはしなくていい、なぜならもう、信じているのだから……このように安易に考えることが許されるのならば、聖書のみことばがここまで分厚い必要はありません。私たち人間は、そこまで単純な存在として創造されているわけではありません。 偉大な神さまのみこころにお従いすることは、どんなに素晴らしいことか、そのことをみことばは、時にはモデルを示しながら、時には反面教師を登場させながら、私たちに教えてくれています。 アブラハムの場合は、イサクをささげるということを実践することで、信仰とは御父が御子をいけにえとされたことを信じることであると、私たち主の民に教えてくれています。そこから私たちも、いずれの日に取り戻させていただくという信仰をもって、わずかでも自分の持つものをささげる実践をさせていただくというわけです。 本日は主の晩さんを執り行います。備えられた羊なるイエスさまのみからだにあずかり、血潮にあずからせていただいているという事実を、いまいちどこの共同体が確かに受け取らせていただく時間です。 この大事な時間に備え、一週間私たちは祈ってきたことと思います。それでも私たちは、主の御前にふさわしくないことをしてしまったかもしれません。悔い改め、それでも主のみからだと血潮にあずかるものとならせていただいていることに感謝し、主の晩さんに臨みたいと思います。しばらく祈りましょう。

寄留者の祝福

聖書箇所;創世記21:22~34/メッセージ題目;寄留者の祝福 今日のメッセージのタイトルは、「寄留者の祝福」とつけさせていただきました。「寄留者の祝福」とは、「寄留者の受ける祝福」であり、「寄留者の与える祝福」です。 アブラハムは、神さまから祝福の源として召されていました。それは、アブラハム自身が祝福を受けるということであり、同時に、アブラハムが祝福を人々にもたらすということでもありました。しかしその祝福は、どこかに定住してもたらしたものではありません。天幕生活、放浪の生活の中で、祝福を受け、祝福をもたらしたのです。 さきほどお読みしたみことばは、そのようなアブラハムの「寄留者の祝福」を、如実に描いています。このみことばから「寄留者の祝福」を、「寄留者の受ける祝福」と「寄留者の与える祝福」の2つの側面から学んでまいりたいと思います。 まずは、「寄留者の受ける祝福」です。22節をご覧ください。……アブラハムの受けていた祝福は、この地の王であったアビメレクも認めざるを得なかったようなものでした。 それはそうです。アブラハムは100歳にして、90歳の妻サラを通じて子どもをもうけました。そのプロセスで、当のアビメレクがサラに指一本ふれることを神さまはお許しになりませんでした。そしてアブラハムは無事子どもイサクをもうけました。さらには、イサクが跡取りになることにおいて最大の障害であったイシュマエルは去りました。 アビメレクはその様子を見て、アブラハムの背後にはどれほど、神の見えざる手が働いていることかを感じずにはいられなかったことでしょうか。 アブラハムは、ゆえなく祝福されていたわけではありません。創世記12章の1節と2節をご覧ください。……聖書に記録されているかぎり、アブラハムがお聴きした最初の主の御声は、このように語っておられたのでした。わたしはあなたを祝福する。あなたは祝福となりなさい。 アブラハムが祝福されることは、最初から神さまによって定まっていたことでした。主は与え、主は取られる。私たち人間が祝福されるかどうかは、すべて神さまにかかっています。 私たちはどうでしょうか? 私たちは祝福を受けた存在です。最大の祝福、それはイエスさまの十字架を信じる信仰が与えられ、罪赦されて神の子どもとなり、永遠のいのちが与えられた、ということです。 しかし、このことが祝福であることを実感するには、どのように生きる必要があるでしょうか? そこで私たちは、「神の栄光を顕す」生き方をする必要があります。私たちのことを罪から贖い出してくださった神さまの、その素晴らしさを、私たちの生き方によって、隣人に証しするのです。 お開きにならないでよろしいですが、マタイの福音書5章16節で、イエスさまはこのようにおっしゃっています。「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」 光は闇の中に輝いています。闇の中を生きているかぎり、私たちはこの世にあってつまずき倒れます。しかし、光に照らされているかぎり、私たちは安全です。神さまの導きをいただいている確信を持って、日々を生きる力が与えられます。 世界はサタンの支配のもとにあり、そのために人々は悪の道を歩み、あるいは搾取され、塗炭の苦しみを味わっています。この世界にあって、私たちがイエスさまにあって解放された生き方を示していくならば、人々はそのような私たちの生き方を見て、私たちの信じる神さまが素晴らしいことを知るようになるのです。 私たちは、自分が祝福されていることをどれほど知っていますでしょうか? 私たちが聖書を読むこと、お祈りすることは、その、神さまの宝物のような自分の価値を発見させていただくことであり、そのような自分が人々に神さまのすばらしさを顕すということにおいて、神さまの御手に用いられるという、祝福の道に踏み出していくことでもあります。 アブラハムとアビメレクの話に戻りますと、アビメレクはアブラハムの姿を見て、いやでも、そこに神さまが生きて働いておられたことを見るのでした。 そこで、「寄留者の祝福」を、こんどは「寄留者の与える祝福」という側面から見てまいりたいと思います。 23節のみことばを見てみましょう。……あなたは何をしても神がともにおられる。だから、私と私の子孫を裏切らないでいただきたい。私があなたに示した誠意にふさわしく、私にも、この土地にも、誠意を示していただきたい。 このようなことをアビメレクが言った背景には、明らかに、アブラハムの偽ったことばによって、危うく自分がサラを召し入れて、いのちを失うところだったという、アブラハムに対する叱責が込められています。アブラハムは確かに祝福されている。しかし、あなたの祝福、うまくいっていることが、すなわち私とその民に対する呪いとなってはたまらない、私とその民も、主にあって祝福されるようにしていただきたい、ということです。 先々週も学びましたが、アブラハムはアビメレクとその民を、創造主なる神さまを恐れることがないゆえに私のことを殺すような者たちだ、と断じました。まるで野蛮人のような扱いです。しかし、実際はそうではありませんでした。アブラハムは確かに祝福されていましたが、神さまを恐れていたという点では、アブラハムよりも、アビメレクとその臣下の方が上でした。 アビメレクは確かに、アブラハムの姿に創造主なる神さまの栄光を見ることができたのですが、その神の栄光を正しく表すことをしていなかったアブラハムのことは難じました。あらためてアビメレクは、アブラハムが誠意を尽くすことで神の祝福が自分とその民に臨むように、すなわち、呪いから自由になるように、アブラハムに要請したのでした。 私たちが隣人に対して神の栄光を顕すことは、隣人をさばいたり、蹴散らしたりするような形になってはなりません。人々は神さまにお従いする私たちの姿を見て、何やら特別な力が働いている、と思うかもしれません。それはありえることです。 しかしそんな当の私たちが、周りの未信者のことを、イエスさまを信じていない、救われていないなどと、見下したり、さばいたりしていいわけがありません。私たちのすることは愛することであり、さばくことではありません。 しかし、私たちは時に、そのようにまるでパリサイ人のごとく振る舞う自分の傲慢さが、事もあろうに未信者によって指摘されることがあります。そのようなとき私たちは、神の栄光を隠してしまった、とか、証しにならないことをしてしまった、などと、落ち込む必要はありません。 私たちのすることは、そのような傲慢な自分を神の前でも人の前でも素直に認め、悔い改めることです。私たちは所詮、まだまだ整えられている段階にある者です。そうして私たちは、神の栄光を顕す者としてますます整えられます。これは祝福です。 そもそも、神さまは私たちの不完全さによって、そのご栄光が隠れてしまうような小さい方ではいらっしゃいません。 アブラハムは嘘をつき、その結果アビメレクとその民に破滅をもたらしかねないことをしたわけですが、それでもアビメレクは、アブラハムの神なる創造主を、かえって認めています。神の栄光をアビメレクは見ているわけです。 神さまは、そのご栄光を顕すべく遣わされた人間の卑小さを超えて、ご栄光を輝かせるお方であることを覚えましょう。私たちはなにも、人間的な努力をして神の栄光を輝かせようしたり、輝かなかったからと落ち込んだりなどしなくてもよいのです。 アブラハムの話に戻りますと、アブラハムはアビメレクに促されて、アビメレクとその子孫を裏切らない、そして、アビメレクにもその土地にも誠意を尽くすことを誓いました。これで、アブラハムの受ける祝福はアビメレクにとって呪いではなく、祝福となったのでした。 しかし、アブラハムには解決すべき問題がありました。自分が掘った井戸がアビメレクのしもべに奪い取られたというのです。アブラハムは、これは不当であるとアビメレクに抗議しました。 井戸というものは、掘るのに相当な労力を必要とします。しかし、荒野の中で井戸を掘ることをしないならば、遊牧生活をしていたアブラハムにとっては自分の家族やしもべたち、家畜に飲ませる水が確保できないことになり、死活問題です。アブラハムにはどうしても井戸が必要でした。 しかし一方で、アブラハムの寄留していた土地はゲラルの地、アビメレクのものです。アビメレクのしもべたちが、この土地に掘られた井戸の所有権を主張するのは、当然といえば当然のことでした。アブラハムにしてみれば、取られた、奪われた、という意識が強かったでしょうが、アビメレクのしもべたちは、アビメレクの土地を管理する者として、当然のことをしたまででした。 しかし、26節をご覧ください。アビメレクは、そのことは知らなかったし、あなたもそのことを今まで私に告げてはくれなかった、と、反論しています。アビメレクは、それは知らなかったのだから私を責めないでほしいと主張している一方で、もし必要ならばあなたに返還する用意がある、ということも語っていることになります。話が分かる人です。 アビメレクのしもべたちが遊牧生活を送るアブラハムから井戸を奪ったということは、おまえはもうこの土地にいるな、というメッセージを送っていることにもなります。 このような反応は、かつてアビメレクがアブラハムからサラを取って召し入れようとしたとき、あやうくアビメレクにも主のさばきが及ぼうとして、それを聞いたしもべたちも大いに恐れたことと考え合わせると、どうなるでしょうか? アビメレクのしもべたちもまた、アブラハムがあらゆる形で主の祝福を受けていたことを見ていたはずです。そんなアブラハムの姿に、彼らは恐れをいだいたでしょう。このままでは自分たちの土地も奪われるかもしれない、それも不当な形で、なにしろ、サラの一件でもあれだけ不当なことをしたというのに、結局は創造主なる神の祝福を受けているではないか……。 このようなとき、彼らの取る手段は二つに一つです。ひとつは、アブラハムの神である創造主の御前にひれ伏すこと、もうひとつは、創造主を恐れるあまり、創造主の寵愛を一身に受けているアブラハムを遠ざけることです。彼らが取ろうとした手段は、後者、アブラハムを遠ざけることでした。出ていけ。この井戸は、われわれの土地に掘られたものであるかぎり、われわれのものだ。 しかし、アビメレクはそのようには考えませんでした。アブラハムの掘った井戸は、あくまでアブラハムのものであると見なしました。あらゆる面で神がともにおられるアブラハムに、彼が採掘した井戸の所有権を与えることにより、アブラハムが寄留するゆえに神さまがその土地に注がれる祝福を、ともに享受する道を選びました。 ただしアブラハムは、その井戸をただで返してもらうことはしませんでした。自分の群れの中から羊と牛を取って、アビメレクに与えました。これが両者の間の契約となったのでした。アビメレクは土地を提供し、アブラハムは家畜を提供する、そういう契約です。 このことにより、アブラハムはアビメレクの治める土地から井戸水をくみ上げ、しもべたちや家畜とともに土地に寄留することが許されました。しかし、アブラハムは契約を結んだだけではありません。アビメレクに贈ったその家畜の中から雌羊7頭を取り分け、井戸は私アブラハムが掘ったという証拠としていただきたい、と言うのでした。 ここから、この土地の名前がベエル・シェバと名づけられました。ベエル・シェバは2つの意味を含む掛詞(かけことば)となっていて、ひとつは「誓いの井戸」という意味、もうひとつは「七つの井戸」という意味です。この名前、また、アブラハムが贈った羊が7頭であったことから、アブラハムが所有権を主張した井戸は7箇所であったようですが、ともかく、この7つの井戸は、誓いによってアブラハムのものとなっている、というわけです。 このようにして、アビメレクはこの井戸のある土地、ベエル・シェバは、アブラハムの寄留する地であると認めた、と誓いました。これは、創造主なる神さまにかけて誓ったということで、絶対です。こうして、アブラハムはこの地に寄留する権利を、神さまからも、そしてこの地を治める王からも、正式に得ることになりました。 それだけではありません。アブラハムはこの地に、1本のタマリスクの木を植えました。木を植えることは象徴的です。やがて去る土地であるならば、木など植えても仕方がないわけで、木を植えるということは、この地に定住しようというアブラハムの誓いを見ることができます。 そして、次章22章を読むと、アブラハムはここベエル・シェバに腰を落ち着け、ついにウルの地から出発した放浪生活に終止符を打つことになるのでした。もはやアブラハムは、寄留者ではなくなるのでした。 とはいいましても、アブラハムの子孫であるイスラエルがほんとうの意味で「ダンからベエル・シェバまで」と象徴的に言われる、ここパレスチナの地に住むようになるのは、ずっとあとのことですし、その民もさらにのちの時代、2度にわたってこの土地を追われることになりました。イスラエルは寄留者としてこの地を長く生きることになったのでした。 現在は国としてのイスラエルが復興し、多くの人がイスラエル人として国に帰還していますが、世界には今なお多くのディアスポラ、散っている人が存在しています。寄留者なのです。 一方、イエスさまを信じる信仰によって神の民とされ、アブラハムを信仰の父と呼ぶことが許されている、私たちの場合はどうでしょうか。私たちはこの世界の地上の、日本という土地に住んでいますが、いかに自分の土地を持ち、自分の家を建てても、やがてこの地上を去ることが定められています。私たちもまた、寄留者です。 それでも私たちは、寄留者でありながらも、どれほど多くの祝福を神さまからいただいていることでしょうか。私たちには食べるものがあります。住む場所があります。そればかりではありません。神さまをともに礼拝する、主キリストのからだなる教会のひと枝ひと枝とされています。 やがて私たちは、寄留者の生活を終え、永遠の天の御国に入れられます。神さまが私たちを、永遠の住まいに迎えてくださると誓ってくださった以上、私たちは入れていただけるのです。 だから私たちはこの地上の生活に汲々となるのではなく、上にある天の御国をつねに見上げて生きる者となりたいものです。 また私たちの存在は、この寄留している地に祝福をもたらしているという自覚を持って生活したいものです。アビメレクがアブラハムの存在の背後に創造主なる神さまを認めて恐れたように、私たちも神さまとともに生きる生き方をしていくことで、この世に神さまを証しするのです。 その生き方は、この世の人々を愛し、祝福するという形で実を結びます。そして、私たちの愛や奉仕を受け取るこの世の人たちも、私たちのその神さまにならうよい行いに触れて、神さまはおられること、その神さまは世界万物を造られ、人をつくられた創造主であられること、そしてその神さまは愛であられること、その愛によって自分も愛されていること、このお方こそ信じ受け入れ、お従いすべきお方だということを、受け入れられるようになります。 そのような人は、私たちと同じように、この世界は寄留するだけの土地であり、やがて天の御国に迎えられる日を待ち望み、それゆえに日々その天の御国に入れられるにふさわしく、主の栄光を顕して生きるようになります。 私たちは、寄留者として生きるこの地上で、主の栄光を顕して生きるという祝福が与えられており、その祝福は周りの人々を祝福します。こうしてともに、御国を受け継ぐ祝福に入れられるのですから、どんなに素晴らしいことでしょうか。この祝福ゆえに、ともに神さまをほめたたえつつ、この地上の歩みを歩みおおせてゆく私たちとなりますように、主の御名によって祝福してお祈りいたします。