毒の器から金の器へ

聖書箇所;列王記第一19章15節~17節 メッセージ題目;毒の器から金の器へ  昨日まで5日間、韓国に行ってまいりました。滞在中、「エステル祈祷運動」の祈祷会にて、メッセージを語ってまいりました。エステル祈祷運動は、妻が数年来関わってきたもので、愛国祈祷運動ともいうべきものです。その祈りの焦点はおもに5つのことに集中していて、それは、北朝鮮との福音による統一、同性愛を批判できなくする差別禁止法立法への反対、中絶反対、イスラエルのための執り成し、イスラム宣教です。妻も一朝一夕にこの運動に参加するようになったわけではなく、韓国の前の政権下でキリスト教会がコロナ対策を名目にした政策のもとにガタガタにされ、そのようになった韓国を憂える思いを禁じえず、時間をかけていろいろ勉強しているうちに導かれたのがこの運動でした。  そんな、エステル祈祷運動に、日本人の分際で関わるようになり、特に学ばされてきたことは、韓国の心あるクリスチャンが、どれほど韓国という国と、韓国人という民族のために祈っているか、その姿勢です。しかし、そのように教会が熱心にならざるを得なかった背後には、歴史的に、日本帝国主義の宗教政策というものがありました。  みなさまご存じのとおり、日本は1910年に、当時、大韓帝国という国号を名乗っていた、つまり韓国、もちろん、いまの北朝鮮を含む、朝鮮半島全体を日本の一部にしました。私はそういう経緯から、日本の帝国主義下にあった朝鮮地域をあえて「韓国」から取って「韓半島」と呼ぶことにしているのですが、ともかく韓半島において、韓国は主権を失いました。これには伏線があって、その数年前から1876年に江華島条約という不平等条約を結んで以降、日清戦争、日露戦争を経て、じりじりと日本は韓国の主権を侵すようになり、1907年の保護条約締結をきっかけに、韓国は事実上、日本の手に落ちました。そのとき、韓国のキリスト教会には大きな動きが生まれました。  その1907年、ピョンヤンを中心に、韓半島全体にリバイバルが起こりました。それは、早天祈祷運動、聖書研究運動の伴うものでしたが、何といっても強い特色といえば、それは「悔い改め」運動でした。日本に支配されるようになったのは、われわれの罪のためだ、そのように韓国においては大いなる悔い改めが起こり、教会が刷新され、多くの人が主に立ち帰りました。  そのようにして全国的に増え広がった教会とクリスチャンは、それから12年後、韓半島が完全に日本の手に落ちてから10年目の年、1919年3月1日に、三・一独立運動が起こされ、その運動のもっとも中心の担い手となりました。そんなキリスト教会が、日本によってよく見られていたはずがありません。1930年代、日中戦争が激化する中、日本は韓半島のキリスト教会に、神社参拝を強要するようになります。しかも、その手助けを積極的に行なったのは、もはや日本の国家権力の手に陥っていた、日本のキリスト教会でした。やがて1941年、日本中のプロテスタント教会は国策でひとつの教団に加入させられ、そのトップである「統理」という職にあった富田満牧師は、伊勢神宮を公式参拝することさえし、内鮮一体なる政策の手先として、神社参拝に屈しない韓半島の牧師たちを苦しめました。日本の内地のキリスト教会がそういう有様だったなか、韓半島では神社参拝を拒否したという理由で獄中で拷問を受け、聞くところによると、牧師と教会役員、合わせて58人もの方が殉教したそうです。ということは、それよりもずっと、ずっと多い方々が、獄中で塗炭の苦しみを受けておられたということです。  やがて戦争は終わり、アメリカが日本をしばらく支配するようになったころ、マッカーサー元帥の政策によって大勢の宣教師が日本に送られ、日本にはキリスト教ブームが起こりました。何せアメリカは日本を壊滅させ、天皇陛下にさえ人間宣言をさせた国です。正装して直立不動の天皇陛下の隣で、顔ひとつ分背が高くてずっと恰幅のいいマッカーサーが、ラフな軍服にポケットに手を立つ写真は、否が応でも日本人に、日本はアメリカに完全敗北したことを思い知らせました。そんな日本人は、アメリカの神のほうが強い、と思ったから、キリスト教ブームが起こったのでしょう。  しかしこれは、韓国を成長させつづけたリバイバルと、根本から異なるものです。日本は戦争に負けて、「一億総ざんげ」などというフレーズが語られましたが、その「懺悔」の対象は何だったのでしょうか。だれに対して「懺悔」するのでしょうか。少なくとも、創造主なる神さま、主イエスの父なる神さまに対する懺悔ではありませんでした。  これに対して韓国は、日本に支配されつづけたこと、国の北半分が共産主義によって占領されたこと、そういったことを、神さまからの「悔い改めなさい」というサインだと受け取り、教会は率先して悔い改め、そして成長していきました。日本は韓国教会の成長から多くを学ぼうと、弟子訓練ですとか、断食や癒しの祈りですとか、ディボーションですとか、家の教会ですとか、二つの翼ですとか、色々採り入れようとしてきましたが、根本の「悔い改め」という点においては、どうしても徹底して習うことができないというのが、長年韓国教会から学んできた日本人クリスチャンであるところの、私の見立てです。  さて、さきほど私は、愛国祈祷運動であるエステル祈祷運動が、イスラエルに重荷を持っていることをお話ししました。実は、長年韓国教会とつきあってきた私が断言することですが、韓国人のクリスチャンは、自らとイスラエル民族を同じ存在とみなす傾向がとても強いです。それは、日ユ同祖論のような、自分たちが血統的にイスラエル人であるという意味ではありません。むしろそれは例えるならば、アメリカの黒人のクリスチャンたち、すなわち、白人に支配され、同時に白人からなる信仰共同体に入れてもらえない奴隷たちが、それでも神の民として、自分たちのそばを流れる大河、ミシシッピ川を聖書に登場するヨルダン川に例えた心情に近いものと言えるかもしれません。  東北学院大学の名誉教授で旧約学の学者、浅見定雄先生も著書『旧約聖書に強くなる本』で書いていらっしゃることですが、韓国のクリスチャンは、旧約を重んじます。それは、新約のみならず聖書全体を重んじるということですが、その根底にはやはり、旧約聖書の主人公の民族であるイスラエルに、ことのほか心を寄せる気持ちがあるはずです。  私も、韓国のクリスチャンとつきあっていて、彼らがイスラエル民族と自分たちを重ね合わせながら聖書を学ぶ姿を見てまいりました。みなさんご存知の、「アバ、父よ」。アバはイスラエルのことばですが、あの「アバ」が、日本語では「お父ちゃん」だとはよく言われます。でも、そういわれて、みなさん、ピンときますか? だって、現代の子どもたちは、「お父ちゃん」なんて言いますか? 「パパ」ならいくらかピンときますが、なんといっても「パパ」は外国語っぽく、あまり日本語らしくありません。その点、韓国語で「アッパ」というと、「アバ」にそっくりで、意味もまったく通じます。私はこんな韓国語と、それを使う韓国人のクリスチャンに、日本人のクリスチャンとして嫉妬を覚えたものでした。  そんな、韓国人クリスチャンは、日本をどう見ているか、それは、イスラエルを悔い改めに至らせるために、神さまがお立てになった神の器のあり方から、その実態を知ることができます。  さきほどお読みしたみことばは、バアルとの雨乞合戦に勝利し、イスラエルの民をして「主こそ神です。主こそ神です」と言わしめたエリヤが、それなのにイスラエルの霊的状況が変わらず、激怒したイゼベル王妃にいのちを狙われるようになり、神の御前に嘆きをもって訴えたとき、神さまが示してくださったご命令です。それがこの、15節から17節のみことばです。  神さまはエリヤに、3人の器を立てるように命じられます。順に、ハザエル、エフー、エリシャです。 しかし、その持つ価値や性質は、同じ神の器でも同じではありません。たとえば、オリンピックでは最高級の成績を上げた選手やチームに、メダルが授与されます。しかし、金メダル、銀メダル、銅メダル、それぞれ価値が異なり、銅メダルの人は金メダルの人ほどには栄誉を受けることができません。  金、銀、銅、といえば、こんな話もあります。私がむかし、東京の韓国人教会にいたとき、韓国人のメンバーの方に教えていただいたことばがあります。リンゴは栄養のある果物ですが、食べるにはふさわしい時間があるというのです。こう言います。「朝のリンゴは金、昼のリンゴは銀、夜のリンゴは、ど~く(毒)。」  その伝(でん)で行くと、金の器はエリシャです。これは、言うまでもないと思います。銀の器がエフー、確かに彼は、バアル礼拝をイスラエルから追放したという点でよい王様でしたが、金の子牛礼拝をやめようとはしませんでした。だから、エリシャには及びませんが、それでも神さまはある程度の評価をエフーに与え、四代目まで王になると約束してくださり、そのとおりになったのですから、まあ、銀くらいはあげてもいいと思います。  しかし、ハザエルはどうでしょうか。彼は、神の器といっても、毒の器だったのです。聖書を読むと、エリヤがハザエルに直接油を注いだという記述はありませんが、その後継者であるエリシャがハザエルと会う、という場面なら出てきます。では、ハザエルは主に油注がれたというならば、それにふさわしい、主のみこころにかなったすばらしい人格を持った指導者なのでしょうか? そのあたりの箇所、また、それにつづく聖書のみことばを読むと、ハザエルがどんな人物かわかります。  言うまでもなく、アラムはイスラエルにとって敵の国と民族でした。しかも、アラムの王、ベン・ハダドは、創造主なる神さまではなく、リンモンという名の神を礼拝する者でした。しかし、ベン・ハダドは、大事な臣下であるナアマン将軍の癒やしを体験していましたので、イスラエルを敵国と見なしながらも、エリシャに臨んでいる霊的な力を認めていました。そんなベン・ハダドは重い病気にかかりました。そこに、アラムの首都ダマスコにエリシャが来ているという話を聞きつけ、ベン・ハダドは臣下のハザエルを遣わして、エホバの託宣を求めました。  エリシャはハザエルに会いました。そのとき神さまは、エリシャに啓示を与えられ、ベン・ハダドは必ず治る、しかし、必ず死ぬ、ということをお示しになりました。エリシャはそのようにハザエルに告げました。  すると、エリシャはハザエルの顔をじっと見つめはじめました。ハザエルが恥ずかしくなるほどにです。そしてエリシャは泣き出しました。いエリシャは言います。あなたはイスラエルに害を加える。イスラエルの要塞に火を放つ。若い男たちを剣で斬り殺す。子どもたちを八つ裂きにする。妊婦たちを切り裂く。……ますます驚くハザエルに、エリシャは言います。「主は私に、あなたがアラムの王になると示されたのだ。」  ハザエルは王宮に戻り、ベン・ハダド王に、陛下は必ず癒やされる、と告げます。だが、次の日、ハザエルは、寝台で横になっているベン・ハダドを暗殺します。それも、濡れた毛布を顔にかけるという、残忍な方法を用いてです。  結果として、エリシャが告げたとおり、ハザエルはアラムの王になりました。しかし、ハザエルがほんとうにエホバを恐れる人だったならば、王が元気になって寝床から立ち上がるのを見届け、そして、主の摂理のうちに死ぬことを待てたはずです。そうすれば、主はハザエルを王に立ててくださったはずです。しかし、ハザエルはその主のお導きを待つことをせず、エリシャのことばを聞いて野望に燃え、王権を奪い取りました。  案の定、ハザエル王率いるアラムは、イスラエルと戦争することになりました。ハザエルはイスラエルを侵略し、イスラエルから領土を略奪することさえしました。そんなアラムの攻撃を受けつづけたイスラエル王国において、エリシャは神の働き人、それこそ「金の器」でありつづけましたが、そんなエリシャにも世を去る時がやってきました。病床にあったエリシャは、見舞いに訪れたイスラエルのヨアシュ王に、あなたはアラムを滅ぼし尽くしなさい、と、命じます。つまり、アラムは滅ぶべきだったのです。なぜならば、神の民であるイスラエルを、これほどまでに苦しめたからです。  こんなハザエルの、神の器として果たした役割は何でしょうか? それは、イスラエルの王と民を、バアル礼拝や金の子牛礼拝のような、偶像礼拝の生活から立ち返らせるためにあえて起こされた敵、ということができます。  まさしく、ハザエルはエリシャが預言したとおりの、残忍な人物でした。しかし神さまは、ハザエルのその残忍さを用いてイスラエルを懲らしめられ、民がご自身に立ち返り、拠り頼むように導いてくださいました。  イスラエルに対するハザエル、そして彼が統べ治めるアラムのこの姿に、韓国の教会と長年おつきあいしてきた私はどうしても、日本の国と民族を思わずにはいられません。日本はどれほど韓国教会を迫害したことでしょうか。神社参拝を強要し、従わなければ逮捕して拷問し……神の民イスラエルを苦しめたアラムとハザエル王に匹敵した悪事を、日本と、日本のキリスト教会は行なったわけです。  それなら、日本の教会がリバイバルを求めるために必要なことは何でしょうか。それは、悔い改めです。たしかに、日本の教会は過去、韓国をはじめとしたアジア諸国に行なってきた罪を悔い改めてきました。それは必要なことでした。しかし、ほんとうに悔い改めるべきことは、まだたくさんあるのではないでしょうか。  はっきり申しますが、日本のクリスチャンの多くは、潜在的な偶像礼拝者です。さすがに、神社に行って車にお祓いをしてもらったり、1月1日に神社仏閣に初詣に行くクリスチャンはいないと信じたいですが、仏式や神式のお葬式のような、日本人にとって避けがたいことにおいてはどうでしょうか。これはどう弁護しようとも、神の前では偶像礼拝です。私は前任の牧師である宇佐神先生が、信徒のみなさまに、仏式のお葬式ではお焼香をしてはいけないことを徹底して教えてくださり、信徒のみなさまをそれをちゃんと守っておられたことに、心から感謝したものでした。日本の教会は多くが、そのようにきちんと教えていないために、みなさん、どこか後ろめたさを感じながらも、周りにどう思われるかが怖くて、つい、お焼香をしたり、玉串をささげたりしているわけです。  しかし、そういうことをしなければ、自分は偶像礼拝者ではない、と言えるでしょうか。コロサイ3章5節によれば、貪欲、つまり、むさぼりというものが偶像礼拝だと定義されています。つまり、自分の肉欲というものを偶像にして、結果として神との交わりを無視しているわけです。趣味、美食、習慣、これらも度を超すと、偶像礼拝になります。  韓国は21世紀になり、日本のサブカル文化が解禁され、ケーブルテレビとインターネットが普及するようになって、目を覆わんばかりに堕落しました。たしかに、アカデミー賞やノーベル文学賞を受賞するようなクリエイターが生み出されてはいますが、それは国や民族に対する神の栄光と何の関係があるのでしょうか。韓国は、子どもや若者の足が教会から遠ざかるのと軌を一にするように、性的に乱れ、人々はオカルトを好むようになり、自殺する人が相次いでいます。  しかしそれでも、心ある韓国教会はなおともしびを掲げ、反キリストの世界に向かって、悔い改めを叫びつづけています。そのように祈る人がいるから、韓国はすばらしい国です。しかし、日本はどうでしょうか。このままでは、肝心の日本にはいつまでたってもリバイバルが訪れません。  私たちがこの世と調子を合わせて生きるのをやめないならば、私たちはこの、日本社会という毒の器をなす一員でしかなくなります。それは塩気をなくした塩です。外に捨てられて踏みつけられる存在にしかなりません。また、升の下に隠したともしびです。何を照らせるというのでしょうか。早い話が、何の意味もない生き方です。  私たちがほんとうにリバイバルを求めるなら、必要なのは、悔い改めです。自分さえよければ、自分さえ救われれば、自分さえ祝福されれば……もうそう考えるのは、やめようではありませんか。何のために神さまはわざわざ、この国と民族のうちから私たちをお救いになったのですか? それは、私たちをとおして、この地に神の国、神のご支配を成し遂げてくださるためではありませんか。いまこそ、この民に無関心だったわが身を悔い改めましょう。そして、相変わらず主を無視しつづけているこの日本が悔い改め、神さまに立ち返るように祈りましょう。ほかの民族を悔い改めさせるしか能のない、毒の器から、エリシャのごとく人々に主の栄光を見せてあまりある金の器として、この国と民族をつくり変え、用いてくださるように、神さまに祈りましょう。  エリシャのことがあんなにも聖書に記録されているのは、主が私たちのことを整え、エリシャのごとく用いてくださるという希望をくださっているからです。ご覧ください。ハザエルが主の栄光を顕す姿など、聖書のどこに書かれていますか? しかし、エリシャはそれと反対に、どれほど素晴らしい器として用いられたことでしょうか? 私たちはこの民の中にあって、エリシャのごとく金の器としていただき、人々を毒の器から金の器に変えてくださるみわざに用いていただく者とならせていただきましょう。

良きサマリア人になるために

聖書箇所;ルカの福音書10章25節~37節 メッセージ題目;良きサマリア人になるために  国会議員、参議院議員に、金子道仁という人がいます。彼は牧師先生で、もともとが、フリースクールや老健施設の経営で知られる、グッド・サマリタン・チャーチという、兵庫県の田舎にある教会の副牧師をなさっている方です。英語で「グッド・サマリタン」というと、隣人愛に富んだ人、という意味の、クリスチャンにかぎらず用いられる、美しい呼び方です。グッド・サマリタン・チャーチは今日も、その呼び名にふさわしくあるように、福祉を必須の働きとした教会形成を実践すべく、兵庫県の郡部で頑張っておられます。  グッド・サマリタン。良きサマリア人。いいことばです。宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」ではありませんが、「そういう人に私はなりたい」と、聞く人をして感動させるおことばです。私もこの、良きサマリア人のようになりたい。しかし、イエスさまがこのたとえをだれに対して、どんな流れでお語りになったかをよく考えると、手放しに、美しいお話、では片づけられないものがあることに気づきます。イエスさまは「あなたも行って同じようにしなさい」とおっしゃるが、私たちには「行って同じように」できるのだろうか、そうするためには何をしなければならないだろうか、ともに考えていただけたらと思います。  ひとりの律法学者がイエスさまのもとに来て、質問します。何をしたら永遠のいのちを受け継げますか。彼がこう質問した理由をみことばは語りますが、それは、試そうとして、ということでした。律法学者、パリサイ人という立場にある者たちは、イエスさまのお語りになったことの粗を探し、罠にかけて、あわよくば訴えてやって、なきものにしてやろう、という、腹黒いことを考える集団でした。しかし、彼のそんな意図で投げかけた意地悪な質問は、イエスさまから、極めて大切な教えを引き出す結果となりました。  イエスさまはこの質問をしてきた律法学者に、「律法には何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか」と、逆に質問を投げかけられました。みことばを学ぶ者は、まず、その学ぶ前提となっているみことばの読み方、受け取り方が問われます。みことばを単なる人間の書いた書物と受け取ったら、それなりの読み方になりますし、みことばは神さまのお語りになった永遠の真理と受け取ったら、そういうものとしてお聴きすることになります。うちの教会はもちろん、みことばは神さまの御口から出る永遠の真理であるという立場を、創立以来58年にわたって一貫して保ってきたわけで、だから私もそのようにみことばをお読みしています。だれが何と言おうと、聖書は誤りなき神のみことばです。  だから、イエスさまのこのご質問に対する律法学者の答えは、彼にとってのみことばの読み方、彼が専門としている律法に対する、彼なりの立場を反映したものであるわけです。前提となっているものは「何をすれば、永遠のいのちを得られますか」。それに対して、イエスさまは、あなたがそう律法を読んでいるならば、そのとおりですから、それを守り行うことです、とおっしゃいました。  しかし、私たちはここで引っかからないでしょうか。私たちは普段、イエスさまの十字架を信じる信仰によって永遠のいのちを得られる、と、エペソ人への手紙2章8節、9節から教えられています。。永遠のいのち、救いは信仰による。なのにイエスさまは、律法を守り行うことで永遠のいのちを得られる、と? これいかに?  その疑問に対する解決はとりあえず一旦置いておいて、つづきを見てみたいと思います。律法学者は、では、私の隣人とはだれのことですか、と、イエスさまにもう一度質問しました。それは、「自分の正しさを示そうとして」という動機からだったとあります。  当時のユダヤ人にとって、隣人といったらふつう、まずは家族、そして親族、さらにユダヤの共同体の人、であり、それ以外の人は眼中にありませんでした。  だから、イエスさまもユダヤの教師であるならば、当然そう答えるはずだ、そんな隣人を愛することなら、私にはお安い御用だ、私には守り行えるぞ、どうだ、私は正しいだろう、という計算が、この律法学者にあったわけです。  そこでイエスさまは、ひとつのたとえ話を始めました。……エルサレムからエリコに下る人、これは、ユダヤ人が想定されています。そのユダヤ人が、強盗たちから寄ってたかって暴行を受け、身ぐるみ剝がれ、傷ついて横になっていた……あなたは、このユダヤ人にわが身を置き換えてみなさい、というわけです。  さて、イエスさまがこうしてお語りになった、強盗たちにやられて傷ついた旅人がユダヤ人だった、これには深い意味があります。ユダヤ人は、病気になって倒れていたのではありません。強盗にやられて倒れていたのです。なぜ、イエスさまはわざわざ、強盗、という言い方をしたのでしょうか? 話によると、当時この街道にはときどき追い剥ぎが出たらしく、イエスさまのたとえもそれを念頭に置いておられたと言えるわけですが、それにしても、血なまぐさいたとえ、それならいったい、強盗とはだれでしょうか?  この旅人はユダヤ人で、強盗に襲われて身ぐるみ剥がれました。何を象徴しているのでしょうか? 当時の社会においては、ユダヤ人の庶民を寄ってたかって傷つけ、搾取する存在がありました。それはほかならぬ、今こうしてイエスさまがたとえ話を語り聞かせておられる相手、律法学者たち、パリサイ人たちでした。  イエスさまは、ユダヤ人の群衆が、羊飼いのいない羊のように弱り果てているのをご覧になり、はらわたもよじれんばかりに悲しまれました。ユダヤ人をこれほどまでの状態にしたのは、パリサイ人のような宗教指導者たちが、民の羊飼いとしての役割を果たし、みことばによって彼らを養い、いやすことはおろか、みことばの本来の精神を離れた自分たちなりの解釈で彼らを支配し、傷つけ、搾取することしかしなかったからです。もちろん、イエスさまはこのたとえで、強盗とはあなたがた律法学者のことです、とはおっしゃいませんでしたが、それでも、強盗のような存在に傷つけられたユダヤ人にわが身を置き換えて考えてみなさい、というチャレンジは与えておられるわけです。  さあ、その傷ついたユダヤ人の方に、つまりエルサレムへと向かう祭司がやってきました。エルサレムで主の宮にて仕える働きをするためです。しかし、彼は反対側を通り過ぎました。もちろん、祭司には彼のことが見えていないわけではありません。しかし、関わり合いになるのを避けました。実に、宗教人にあるまじき姿ですが、ここであえて、この祭司の弁護をする試みをすれば、祭司はきよい主のお働きをするために、けがれたものに触れてはなりませんでした。それは律法のみことばに書かれているとおりです。  もし仮に、この道端に横たわっている人が死んでいたならば、万が一そのからだに触れでもしたら、この祭司は「汚れた」ということになるわけです。そうなってはエルサレム神殿にて神さまの働きをすることができなくなります。祭司は、神さまとの関係を重んじて、あえてこの道端のユダヤ人から身を引いたわけです。  しかし、だからといって、この祭司がこの傷ついたユダヤ人に何の手も差し伸べなかった事実に変わりはありません。いわんやこのユダヤ人は、死んでなどいませんでした。死体に触れたら汚れて、神さまの働きができなくなる、というのは、言い訳以外の何ものでもありません。この祭司は、神さまとの関係においては、百点満点のつもりで振る舞ったことでしょう。しかし、同じユダヤ人に対して見捨てる行動をしたという点で、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」という律法の命令に対しては、0点でした。隣人を愛することにおいて0点ならば、神を愛することにおいても0点になってしまうのです。  次に来たのは「レビ人」でした。やはりエルサレム神殿にて、祭司の指導のもとで働く立場にありました。彼もこのユダヤ人を避け  ました。理由は祭司と同じ、関わり合いになったら主の働きができなくなるかもしれない。このレビ人の姿は、当時の宗教社会の現実を投影していると言えます。トップにいる祭司にしてそのような、律法主義でがんじがらめになって傷ついているユダヤ人の隣人になろうとしていない。その下で働くレビ人たちもその影響を受けてしまっている。  宗教指導者たちは普段、偉そうなことを言っているけれども、ユダヤ人の抱える傷を癒やそうとも、慰めようともしない。ただ、自分たちを肥え太らせることしかしていない。上から下までみんなそうである。このたとえには、ときの宗教指導者たちに対する、イエスさまの激しい怒りが隠されているようです。  さあ、そこにやってきたのが、サマリア人でした。イエスさまが「サマリア人」とおっしゃったとたん、この律法学者はどんな顔をしたことでしょうか? なにい、サマリア人だあ!? 吐き捨てたくなったのではないでしょうか。  サマリア人。神の民イスラエルの血を引きながらも、血統的には混ざりあった混血の民と化し、宗教的にもユダヤ人から見れば純粋さを失い果てた、汚らわしい存在。ユダヤ人にとってサマリア人は、蛇蝎のごとく嫌うべき存在、もっといえば、差別して当然の存在でした。だから、イエスさまが平然と「サマリア人が」とおっしゃったとき、この律法学者は顔から血の気が引いたのではないでしょうか。  もちろん、サマリア人もユダヤ人のことを蛇蝎のごとく嫌っていることは、ユダヤ人の側もよくわかっています。それが、イエスさまのこのお話だと、サマリア人の旅人は、道端に横たわるユダヤ人に目がくぎづけになりました。かわいそうに思いました。駆け寄って、自分の大事なオリーブ油とぶどう酒を傷口に注ぎ、包帯を巻いて手当てをしました。自分が乗っていた家畜に乗せてあげて、自分は歩いて彼を乗せた家畜を引いて宿屋を探し、たどり着きました。宿屋で彼のことを、一生懸命介抱しました。2デナリものお金を宿屋の主人に払い、このユダヤ人のことを頼みました。しかし、主人に任せっきりにしないで、もっとお金がかかったら、自分が帰りに払う、と約束しました。  傷ついた人に対して、赤の他人が、それも、敵対している民の人が、ここまでしたわけです。ヤコブの手紙に書かれた、私は行いによってあなたに自分の信仰を見せます、という教えを、地で行く実践、それをこのサマリア人はしたわけです。「よきサマリア人」と呼ばれて賞賛されるゆえんです。  この傷ついたユダヤ人に、わが身を置き換えて考えてごらん、という前提で、イエスさまはお話しになりました。その上で、イエスさまは律法学者にお尋ねになります。「この三人の中でだれが、強盗に襲われた人の隣人になったと思いますか。」  もう、答えは明確です。しかし、この律法学者は、この期に及んで、それはサマリア人です、とは、口が裂けても言えなかったのでしょう。「その人にあわれみ深い行いをした人です」と答えるのが精一杯でした。そんな律法学者に対し、イエスさまはおっしゃいます。「あなたも行って、同じようにしなさい。」  さて、これは、私たちクリスチャンはすべからく、このよきサマリア人のごとくふるまうべきだ、という教えなのでしょうか? たしかに、そうとも言えますが、ここでイエスさまがなぜ、この律法学者もそうであるユダヤ人にとっては蛇蝎のごとく嫌う民族であるサマリア人をたとえにしてお語りになったか、もっとよく考える必要があります。  この律法学者は、永遠のいのちに関心がありました。しかし、彼はそれを得るには、「何をしたら、永遠のいのちを受け継ぐことができるでしょうか」という質問や、「強盗に襲われた人の隣人になったのは、その人にあわれみ深い行いをした人です」という答えに現れているとおり、彼の関心、彼の基準は、どこまでも「何をするか」ということ、つまり、「行い」にありました。  しかし、彼がもしイエスさまがおっしゃるように、「行って同じようにする」には、絶望的な壁が待ち受けています。ユダヤの律法学者、宗教指導者が、蛇蝎のごとく嫌うサマリア人に隣人として接するならば、それはその人の宗教指導者としての立場の「死」を意味します。  いや、それだけでしょうか。この律法学者が、「私の隣人とはだれですか」とイエスさまに聞いたとき、彼がその前提としていたものが、同じ民族であるユダヤ人のことを自分の隣人と思っていた、と申しました。しかし実際はどうだったか。律法学者は、ユダヤ人を寄ってたかった痛めつける強盗でした。  律法学者たちは、同族のユダヤ人に対してさえも、愛情深く隣人として振る舞うことはおろか、傷つけ、搾取し、拘束する、そういうことを当然のことのようにしていたわけです。隣人であるはずのユダヤ人に対してさえまともに隣人愛を実践できない者が、どうして、あの大嫌いなサマリア人に愛の実践などできるものでしょうか。  要するに、イエスさまがお示しになった、まことの隣人の姿など、真似しようとしても真似できないものなのです。この律法学者は行いで永遠のいのちを手にできると思っていたようですが、ほんとうのところ、行いなどで永遠のいのちは、金輪際手に入るものではありません。だから、律法学者はこのとき、みことばの要求する行いの水準がいかに高いものかを思い知り、絶望して、「イエスさま、できません! この罪人の私を憐れんでください!」と、ひざまずいて御手にすがるべきだったのです。  それにしましても、隣人の話を持ち出すにあたって、なぜイエスさまはわざわざ、サマリア人があなたの隣人だ、とおっしゃったのでしょうか。それを考えるには、このサマリア人がユダヤ人に何をしたかを考えてみましょう。かわいそうに思った。いやした。いのちが保たれるために犠牲を払った。サマリア人のこの姿は、イエスさまの姿ではないですか。  ユダヤの宗教指導者たちはサマリア人を蛇蝎のごとく嫌ったように、イエスさまのこともやはり嫌いました。なんと、彼らはイエスさまに向かって、おまえは悪霊に取りつかれたサマリア人だ、と言っています。ダビデの子、ゆえに、ユダヤ人の中のユダヤ人であるイエスさまのことを、彼らは言うに事欠いて「サマリア人」呼ばわりしたのです。しかしイエスさまは、サマリア人呼ばわり大いに結構、とばかりに、ご自身をサマリア人に例えられ、わたしがどんなにあなたたちに嫌われていようとも、あなたたちが傷つけられて苦しんでいるのを、わたしは見過ごしにはできないのですよ、わたしは癒やします、永遠のいのちを、わたしの十字架の代価をもってあなたがたに与えます、どんなに拒絶されても、イエスさまは愛してくださるのでした。  この愛を人が持つのは不可能です。なぜならば、人はどこまでも自分中心の罪人だからです。神を神と認めない、自分のことしか考えない、そんな堕落した存在である私たちが、ちょっとやそっとのよい行いでだれかを愛し、その結果永遠のいのちを得ようなんて、ナンセンスもいいところです。イエスさまはそんな律法学者の愚かさにしたがって、あえて「愚か者には、その愚かさに従って答えよ」という、箴言のみことばの原則どおりにお答えになっただけです。  しかし、私たちは律法学者の愚かさを笑う前に、自分自身の愚かさを認めるべきです。あらゆる知恵を得ようとも、決して自分を救えない。何をやっても神のきよさから外れた、自己中心、サタン中心の罪人。神さまはそんな人間のことなど、たちどころに滅ぼして当然でした。いまごろ、あなたも私も地獄の中。それでも何ひとつ文句など言えた義理ではありません。しかし、神さまはこんな愚かな人間のために、わかった、おまえたちがそれほどまでに愚かならば、わたしはお前たちの愚かさにしたがって答えよう。私のひとり子をおまえたちの身代わりに十字架につけ、死なせよう。おまえたちがこれを信じさえするならば、わたしはおまえたちを救い、永遠のいのちをあげよう。神の愚かさはここに極まりました。だが、コリント人への手紙第一1章が語るとおり、この神の愚かさは、何をどう努力しても決して自分自身を救うことのできない、人間のあらゆる知恵にまさるのです。  そう、私たちは、もはや神の御子イエスさまが身代わりに死んでくださらないかぎり、決して罪から自分を救えなかったほどの罪人、愚か者、弱い者です。  しかし、それでも私たちは、このよきサマリア人のようでありたい、この人のように無償の愛を実践したい、そう思いませんでしょうか? それは、イエスさまを信じる信仰によって救われた者として、当然の思い、というより、そういう思いに導いてくださる、神さまの恵みです。そう、まともに考えたら、こんな愛を実践することなど、しようと思ってもできないのです。  私たちは愛せません。愛する行いなど実践できません。自己中心の罪人です。しかし、それでもイエスさまは、そんな私たちに向かって、「あなたも行って同じようにしなさい」とおっしゃいます。  イエスさまはあえて不可能なことを、私たちに命令しておられるのです。それは、そうできるように、神さまが私たちのことを、みことばと御霊により、心の一新によってつくり変えてくださるからです。あなたはよきサマリア人になれるのです。イエスさまは私たちにチャレンジを与えてくださっています。  どうすればいいのでしょうか? イエスさまの愛と恵みを知りつづけることです。イエスさまが、こんな私の隣人になってくださり、愛してくださっているなんて! 癒やしてくださっているなんて! なんと感謝! なんともったいない! イエスさま、あなたさまの愛に応えさせてください! 私もだれかを愛せるように! その、イエスさまへの愛が必要です。  私たちがもし本気で、この「よきサマリア人」に憧れ、そのようになりたいと思うなら、教会全体でともに、キリストの似姿に変えていただくことです。ともにみことばをいただき、ともにみことばを握って祈り、交わりを大切にし、お互い励まし合い、慰め合い、力づけ合い、そして、家庭であれ、職場であれ、学校であれ、サークルや習い事であれ、それぞれの生活の現場に出ていって、隣人を愛し、隣人に仕えることにより、イエスさまがその人の隣人になり、癒やし、救い、永遠のいのちを与えてくださる、そのお手伝いをすることです。  みこころにかなった共同体となる第一歩、それはまずここにいる自分から、イエスさまが自分のことを愛してくださるその愛を受け取り、その愛によってだれかを愛することから始まります。まさに今年の標語、「神の愛で愛しはじめよう」、それを、まず自分から始めるのです。だれかにやってもらおうとする前に、まず自分から始めるのです。  なにも、赤の他人を愛しなさい、とか、大嫌いで口もききたくない人に、積極的に関わらなくてはなりませんよ、ということではありません。まず、そばにいる、それこそ隣人を愛することから始めるのです。それが、良きサマリア人として歩むそのはじまりです。私たちがみな、心のうちにおられるイエスさまとの交わりを日々深め、神を愛し、隣人を愛する、よきサマリア人の働きにともに用いられるものとなりますように、主の御名によって祝福してお祈りいたします。

主イエスの羊を飼う資格

聖書本文;ヨハネの福音書21章15節~17節 メッセージ題目;主イエスの羊を飼う資格   本日は教会の年次総会の日です。今年に入ってから、「神の愛で愛しはじめよう」というテーマを掲げ、私たちはここまで歩んできました。そのように、神の愛で愛するためには、まず、私たちが主なる神さまに愛されているということを受け取ること、そして、主を愛するということをすること、それがどうしても必要になります。そうしてこそ初めて、私たちは主の愛によって、隣人のことを愛しはじめて、やがて、お互いが愛し合えるようになります。  先週私たちは、リビングライフによる聖書通読において、ヨハネの福音書18章のみことばをお読みして、イエスさまを逮捕しに来た兵士の耳を切り落としてしまうほどに威勢のよかったペテロが、いざイエスさまが裁判の席に引き出され、暴力を一方的にお受けになる光景を目にします。そんなペテロは、周りにいる者たちに「あなたもイエスの仲間だろう」と何度も問い詰められ、「違う。知らない」と三度も言ってしまった、そんな場面に私たちは接しました。ペテロが三度目に「知らない」としらばっくれたとき、鶏が鳴きました。それはイエスさまが予告しておられたとおりのことで、ペテロは何もかもお見通しだったイエスさまのそのおことばを思い出しました。そして、裁判を傍聴していたその群れからひとり離れ、外に出て号泣しました。  そしてイエスさまは、このあまりに不当な裁判を堂々とお受けになり、十字架におかかりになりました。そして死なれました。しかし、復活されました。  一方、イエスさまの弟子たちは、ユダヤの指導者たちは俺たちのことまで捕まえに来るんじゃないだろうか、と、怖がって家に閉じこもっていました。そこにイエスさまが現れて、平安がありますように、父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします、聖霊を受けなさい、と言って、彼ら弟子たちのことを大いに励ましてくださいました。  しかし、それでもまだ、弟子たちはすぐに、イエスさまに献身したと言える働きに踏み出せないでいました。ペテロは十二弟子時代の持ち前のリーダーシップを発揮して、俺は魚を獲る働きに行く、と言い出して、弟子仲間をぞろぞろと連れて、真夜中の湖に舟を出しました。しかし、何も獲れませんでした。  夜が明けそめたころ、岸辺から声がします。「子どもたち! 食べるものがありませんね!」話によると、この湖は離れていても音がよく聞こえるらしく、イエスさまが群衆にメッセージをお語りになるにあたり、湖という場所をお選びになったのももっともなことなのだそうです。だから、岸辺と湖面のように、遠く離れていても会話ができました。弟子たちは岸辺の声の主(ぬし)に答えます。「はい、ありません。」すると声の主が言います。「舟の右側に網を下ろしなさい。そうすれば、獲れます。」  彼らは、冗談言っちゃいけねえ、などと疑わず、素直に網を下ろしました。漁師の経験や勘よりも、岸辺の声を信じたのはなぜでしょうか? これは、3年にわたってイエスさまの御声に従順にお従いする訓練ができていたから、御声をキャッチするとそれにひとりでに従えていたからでした。まだ、この声の主がイエスさまだと気づいていなくても、ひとりでにそれが主のみこころだと判断できて、行動できていたわけです。そう、従順の行いが、頭で考えるよりも前に、本能のように身についていたわけです。  すると、獲れるわ獲れるわ! その数なんと153匹! 弟子の一人が叫びます。「主だ!」そう、あの岸辺の声の主は、イエスさまだと分かりました。水にぬれるし、汗をかく、そんな力仕事の邪魔になるからと、すっぽんぽんで漁をしていましたが、ペテロは、イエスさまに会いたい! でもこれじゃ恥ずかしい! と、服をまとって湖に飛び込み、一目散に泳いでイエスさまのおられるところに向かいました。  イエスさまは粋な方です。よくもわたしのことばを無視して、またもこの世の働きに出ていったな、などとお責めになることは、一切なさいませんでした。そうじゃなくて、イエスさまのなさっていたことは、パンと魚を用意して、炭火を起こしてその上で魚を焼いて、朝ごはんを用意する、ということでした。ほら、あなたがいま獲った魚をこの火の上に載せなさい、イエスさまは、彼らの漁の努力が意味のあるものにすることさえしてくださったのです。一晩中の漁のお仕事、よく頑張ったね、そんなふうに励ましてさえくれているようです。  弟子の足を洗ってくださったイエスさまは、ここでも弟子たちのしもべとなってくださいました。相変わらずイエスさまの言うことを聞かないで、勝手なことをしている彼らが、おなかがすいて疲れたら、食べさせてあげる。そのためにパンをこね、魚を獲り、炭火を熾して料理して……どこの世界に、先生をしくじる弟子たちにここまで尽くす、そんな先生がいるでしょうか。  彼らは、このお方がイエスさまだということをわかっていました。十字架に死なれ、お墓に葬られていなくなったのではない。復活していま、ここにともにおられる。あなたはどなたですか、なんて、聞くだけ野暮というものでした。  そしてイエスさまは、その中でもとびきりのしくじりをしたペテロに向かって、おっしゃいます。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たちが愛する以上に、あなたはわたしを愛していますか。」イエスさまのおっしゃった「愛していますか」、これは欄外の脚注にあるとおり、ギリシャ語の原文では「アガパオー」、つまり、「神の愛で愛していますか」ということです。  しかし、イエスさまを三度も裏切ったペテロに、そんな大それたことがいまさら言えるでしょうか。いわんや、ここにいるほかの人たち以上にあなたを神の愛で愛しています、など、とんでもないことです。ほかの者たちがつまずいても、自分は絶対そうなりません、と大見得を切った者が、いまさらどの口でそんなことを言えるでしょうか。  それでもペテロは、イエスさまがおられると知ったら、上着をまとって精一杯の威儀を正しながら、一目散にイエスさまのもとに駆け寄っていった、イエスさまが大好きな人であることに変わりはありません。「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存じです。」この「愛している」は、これも欄外の脚注にありますが、「フィレオー」、つまり「兄弟愛」です。神の愛には遠く及ばないけれども、私はあなたを愛しています、それは、わかってくださっていますよね?  そんなペテロに、イエスさまはおっしゃいます。「わたしの子羊を飼いなさい。」ルカの福音書15章4節から7節に出てくる羊飼い、いなくなった羊を一生懸命さがし、見つかったら喜んでその羊を肩に担いで帰り、その喜びをみんなに分かち合う。それほど、いと小さな存在をイエスさまの子羊と見込んで大事にする、イエスさまが何よりも大事にしておられる小さな存在を大事にすることで、イエスさまのことを大事にする、そんな人になってほしい。  でも、イエスさまはなおお尋ねになります。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛していますか。」ほかの人よりも、ではないにせよ、イエスさまはこの問いにおいても「アガパオー」とおっしゃいました。しかし、ペテロは「私がフィレオーの愛であなたを愛することは、あなたがご存じです」とお答えしました。私の愛が神の愛などとんでもない、しかし、それでも私があなたを愛していることは、あなたが知っておられます。イエスさまはその答えをよしとし、「わたしの羊を牧しなさい」とおっしゃいました。ダビデがしたように、群れのことをいこいの水のほとりに導き、緑の草を食べさせる、猛獣どもの手から守りながら。そのように、教会をつくって世話をしなさい。それが、わたしを愛するということです。  しかし、なおイエスさまはペテロを放されませんでした。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛していますか。」こんど、イエスさまがお用いになったのは、「フィレオー」です。  そうです。イエスさまは、ペテロが「アガパオー」には遠く及ばないにせよ、「フィレオー」の愛、その愛で、神さまを愛します、イエスさまを愛します、と言えるほどの愛を持っていることを、わかっておられました。ペテロはしかし、この質問に心を痛めました。なぜならば、イエスさまが三度も繰り返して同じ質問をされたからです。しかしこれは、三度にわたってイエスさまのことを「知らない」と言ってみせて、もはやイエスさまの弟子であることも、働き人であることも捨ててしまっていたペテロのことを、本来の召命に回復させてくださるうえで、どうしても必要なお取り扱いでした。三度問われ、三度、ペテロの口からイエスさまへの愛のことばを語らせることで、イエスさまを愛していないということを事実上口にしてしまったその「事実」を、まったくないものにしてくださったのでした。  イエスさまは、ペテロがどんなにご自身を否定したという事実があろうとも、ペテロがほんとうはご自身を愛していることを、だれよりもご存じでした。ペテロよ、もうあなたは、わたしを愛せなかったと自分のことを責めるな、あなたがわたしを愛していることは、わたしがいちばんよく知っているよ。そんなあなたのことを、あなたがわたしのことを愛する以上に、わたしは愛しているよ。だから、わたしはそんなあなただと見込んで、わたしの羊を任せるよ。さあ、お世話しなさい。  イエスさまの羊を養うことのできる資格は何でしょうか? イエスさまを愛すること、これだけです。イエスさまを愛していれば、一生懸命、イエスさまのご命令が何かということを学びますし、そして、そのご命令を守り行おう、そのようにしてイエスさまの喜びとなろうと、これまた一生懸命になるでしょう。そしてそのご命令は、イエスさまの羊を養うことです。  私たちは羊です。しかし、それと同時に羊飼いにもなります。かつて、アメリカのある宣教学の専門家の先生が、日本の教会を訪問して、日本の教会では羊飼いが羊を産んでいる、と評価されましたが、それはもちろん、信徒たちは教職者に伝道や養育を任せっきりにしている日本の教会の現状はよくない、ということではあるものの、別の見方をすれば、そうですよ、何が悪いのですか? と開き直ってもいいおことばです。というのは、私たちはイエスさまを愛するかぎり、だれであれ、羊であると同時に羊飼いだからです。牧師や宣教師だけが羊飼いなのではありません。みんな、イエスさまを愛していれば羊飼いです。  イエスさまを愛して日々、みことばをいただいてお祈りし、イエスさまのみこころを受け取りつづけているならば、私たちはこの教会という羊の群れを愛し、ひとりひとりの羊を愛したい、と思えるようになるでしょう。なぜならば、この羊を大切にすることが、イエスさまが何よりも願っていらっしゃることだからです。  だれかに愛してもらう前に、ケアされる前に、まず自分から愛せるようになりたいものですが、そのためには、神さま、イエスさまがどんなに、私たちのことを愛しておられるか、その愛を毎日、存分に受け取ることです。そうすれば、教会のひと枝ひと枝、羊たちを愛することは主のみこころだ、と心から受け取り、自分から愛しはじめることができるようになります。そうして、お互いに愛し合う共同体として成長するのです。そんな麗しい主のからだなる共同体を、今年度も、2025年度も、この地に形づくっていく者たちとして、私たちが用いられますように、主の御名によって祝福してお祈りいたします。