コラム

コラム・ザ・ゴスペル001 2020.1.1

Author
mito
Date
2020-05-03 16:53
Views
3153
※おことわり このコラムは、武井牧師が2020年に入って週報に連載を始めたコラムを転載したものです。当コラムを執筆した当時、新型コロナウイルスは日本においては流行の兆しを見せてはおらず、したがって東京オリンピックも2020年中に開催される見込みでした。その当時の雰囲気を念頭においてお読みいただければと思います。

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今年、日本は東京オリンピックを迎え、盛り上がります。

私たちはオリンピックに出場するようなスポーツ選手ではありませんが、人生という名の大舞台で、最高のパフォーマンスをするように召されているという点で、私たちは彼ら一流のアスリートに劣らぬ「選手」と言えないでしょうか。
選手、いいことばです。スポーツ選手はよく、苗字呼び捨てで呼ばれますが、敬称をつけて呼ばれる場合は、「××選手」のように、「選手」ということばが呼称となります。私たちの名前には「○○選手」「△△選手」のような呼称をつけると、似合わないと感じるでしょうか。しかし神さまの御目から見れば、私たちは「選手」扱いされていると言えます。

ヨハネの福音書15章16節で、イエスさまは弟子たちにこうおっしゃいました。「あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。」そういうわけで、私たちはイエスさまにあって、立派に「選手」とされています。そして、このみことばには続きがあります。主が私たちを「選手」に召された目的です。「それは、あなたがたが行って実を結び、その実が残るようになるため、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものをすべて、父が与えてくださるようになるためです。」

選手が国の威信を背負ってパフォーマンスすれば、国民は熱狂し、国威は発揚されるでしょう。それならば私たちは何のために、人生という名のベスト・パフォーマンスに励むのでしょうか。神の国とその義のためです。私たちが神の国とその義を求めて生きるならば、私たちの周りには愛の実が結ばれ、私たちを召してくださった父なる神さまのご栄光が豊かに現されることになります。

このオリンピック・イヤー、私たちを召してくださった方の「選手」として、ベストの生き方をする私たちとなりますように……。
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