コラム

コラム・ザ・ゴスペル021 2020.5.17

Author
mito
Date
2020-05-19 06:42
Views
3160
当教会はコロナ騒動が起こるまで、毎月第一日曜日に「主の晩さん」を執り行ってまいりました。みなさんはそれまで「主の晩さん」というものを、どのように捉え、味わってこられましたでしょうか。

「主の晩さん」は、主のからだなる教会が信徒それぞれ独立した存在ではなく、切っても切れない関係にある「共同体」であることを体験させていただく、貴重な時間です。それを、今、持つことが許されていないのです。

たしかに、しかたありません。主の晩さんとは、三密のうち、「密接」と「密集」に確実に反することを行うわけですし、一種の「儀式」のようなものとはいえ(これを「儀式」と言うべきかは議論の余地がありますが)、少量でも食べ物、飲み物をやりとりすることです。衛生面という観点から、することは許されません。

しかしこれは、教会が共同体であることを保つうえで、きわめてきついことです。そもそも教会とは、キリストのからだのひと枝ひと枝なる信徒たちが、実在する空間と時間を共有することによって初めて成り立つ存在であり、主の晩さんとは、その「キリストにある共有」の最たる形だからです。私たちはともに同じパンとぶどう汁を口に含み、味わうことにより、同じキリストの十字架によって罪赦され、一つにさせられていることを確認する、貴重な体験をするのです。これは、インターネット上のバーチャルな空間を介しての交わりでは、けっして味わえない感覚だと考えますが、いかがでしょうか?

ただし、この苦しみは、人間の罪がもたらしたものというよりも、神さまがお許しになっておられるものと考えるべきでしょう。イエスさまは晩さんの席上で、弟子たちにおっしゃいました。「今から後、わたしの父の御国であなたがたと新しく飲むその日まで、わたしがぶどうの実からできた物を飲むことは決してありません。」(マタイ26:29)私たちもいま、イエスさまにあって「ぶどうの実からできた物を飲むこと」ができない分、きついですが、イエスさまの十字架を覚えて、この苦しみを耐え忍んでまいりたいものです。
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