コラム

牧会コラム週報版 099 2022.8.7

Author
mito
Date
2022-08-20 17:57
Views
1011
私が日本人のクリスチャンとして、韓国のキリスト教会ならびにクリスチャンに対し、「国と民族のために祈る」ことを優先するような文化を持つことになかば嫉妬のような感情をいだくことがあることを前にここに書いたことがありますが、嫉妬の理由はこのほかにも、聖書のことばを自国の言語に引っ張り込むのが実にうまい、ということも挙げられます。

今日の箇所、ヨナ書のみことばを牧師が講解するとき、ヨナとは私たち自身であることを表現するために、「ヨ、ナ!」(これ、私!)とおっしゃって聴衆に受けた現場に、私は居合わせたことがあります。これは真面目なメッセージを伝えるための語呂合わせですが、それだけではありません。イエスさまのお生まれになった地「ベツレヘム」は、韓国式には「ペドゥルレヘム」と発音するのですが、肥満に悩むクリスチャンはこれに引っ掛けて、「ペ」(おなか)「ドゥルレ」(周り)「ヘム」(ハム)、すなわち「お腹周りがハム」、などと口にします。こんなつまらない(?)ことにさえ、韓国人クリスチャンは聖書を持ちだしてくるのです。

韓国人クリスチャンのこの姿勢は、脱帽としか言いようのないことですが、もしかすると日本人クリスチャンは、自国の言語文化と聖書の言語を、あまりリンクさせない傾向が強いのかもしれません。基本的に生真面目なのだと思います。それは日本人なりの方法で聖書の文化を大切にしていることだと考えると、日本人クリスチャンのとてもいい部分ではあるのですが、生真面目すぎると面白みに欠けてしまいます。

もちろん、私は何も、韓国人クリスチャンの真似をして、日本人のクリスチャンも「聖書的な冗談」を連発すべきだと言いたいわけではありません。無理やりやろうとしても木に竹を継いだようで、うまくいかないと思います。しかし、私が多くの韓国人クリスチャンから学んだことは、聖書の世界を実生活の中でいきいきと生きている、その姿勢です。その姿勢は、聖書のことばをダイナミックに実生活に落とし込む生き方につながっています。私は常々、日本人クリスチャンはみことばを実生活の中で具体的に実践することに弱さを覚えていると感じていますが、その点で日本人が強くなるには、何よりも、聖書の場面がいきいきと自分の中に再現され、その世界を実生活にありながらも常に生きるようになれるほどに、普段から聖書のみことばに親しむようになることだと信じます。
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