コラム

牧会コラム週報版 074 2022.1.9

Author
mito
Date
2022-02-28 08:46
Views
1156
今年の初め、妻と私は、派遣教会である韓国ソウルのカルバリ浸礼(バプテスト)教会の新年早天礼拝を中継で視聴しました。内容は、3日から7日までの毎日、ワーシップ形式の賛美と一斉祈祷を織り交ぜた時間が前半、ウォン牧師のメッセージが後半、その後は各自の祈りの時間という構成で、私どもは実に久しぶりに、韓国で長年体験してきた礼拝のスタイルを味わえたのと同時に、インターネットという文明の利器を与えてくださった神さまに感謝したのでした。もちろんお祈りにも打ち込みました。

メッセージの内容は、エリヤ、カナン人の女、ヤベツ、ネヘミヤ、ダニエルがモデルで、私どもは、お祈りすることがどれほど、私たちクリスチャンにとって必要かということを、あらためて教えられました。その早天礼拝の終わった日、ウォン先生は私どもにメールを送ってくださり、カルバリ教会はうちの教会のために祈ってくださっていることを書いてくださいました。なんとも心強いことです。

聖歌232番「いのれものごと」の3番の歌詞に、「祈れおのれのことよりむしろ/人をとりなす身となるまでは」とあります。もちろん、私たちは自分のために祈ることが大前提となりますが、その祈りで満足しきってしまうのではなく、その祈りの中で主の恵みに触れていただいたならば、とりなしの祈りへと実を結んでしかるべきです。私たちはもちろん、自分がまず満たされる必要があるのはもちろんのことではあるものの、自分さえ満たされればあとは知らん顔、というのでは、ほんとうのクリスチャンの生き方を全うしているとは言えません。

金曜祈祷会は、祈りに召された私たちがお祈りを実践する場としてつくったものですが、スケジュールの都合や体力的な理由により、ともに集うのも難しいという方もいらっしゃると思います。そのような私たちですが、感謝なことに日曜日には集まれています。今後、礼拝にて神と会衆に奉仕する立場として祈りつつ考えていることは、日曜礼拝においてもっと祈りの時間を増やし、みなさまにもお祈りしていただく機会をさらに持つことです。お祈りとは単なる宗教的お勤めではなく、聖霊の交わりであることを、ともに体験してまいりたいと思います。
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