コラム

コラム・ザ・ゴスペル049 2020.12.6

Author
mito
Date
2020-12-05 20:44
Views
4206
気のせいかもしれませんが、今年は例年に比べ、街はクリスマス・ムードが盛り上がっていないように思われます。それもそうでしょう、お祝いどころではない雰囲気です。

しかし一方で、このような年のクリスマスには、またひと味違った迎え方があるのかも、と、発想を転換してみてはどうだろうか、とも思います。そもそも、世界で最初のクリスマスは、人口調査に湧くユダヤの喧騒にまぎれ、だれにも見向きもされない馬小屋で起こったできごとでした。イエスさまに会いに訪ねてきた人は、世間ののけ者にされていた羊飼いだったり、ユダヤ人からすれば邪悪なオカルトを信奉する異邦人の博士(実際は占星術師)だったりして、間違っても、宗教指導者や地位の高い者などは訪ねてきませんでした。

私たちの教会も、今年のクリスマスに関しては、とてもひっそりとお祝いします。ほんとうならば礼拝堂をもっときらびやかに飾り、チラシ配りをするなどして大々的に宣伝し、伝道目的のコンサートなども開きたいところでした。しかし、今年はまるで、そこそこにお祝いしたら産後のマリアを気遣ってさっと去るような、そんなささやかな祝い方しかできません。

そんな今年のクリスマスだからこそ、私たちは例年同様に真剣にお祝いしたいと思います。わずかの時間の礼拝は、私たちのために生まれてくださり、私たちのために十字架に掛かってくださり、私たちのために復活してくださり、今もなお父なる神さまの右の座で私たちのためにとりなして祈ってくださり、やがて私たちを天国に迎えてくださるためにこの地に来られる、イエスさまにともにお会いする時間です。たとえ時間は短くても、ともにイエスさまにお会いできるのですから、それはなんと素晴らしく、祝福に満ちた時間であることでしょうか!

だから、このクリスマスが礼拝堂における伝道の機会にならないからと、がっかりしないでいきたいものです。私たちが羊飼いのように、東方の博士のように、イエスさまにお会いできるわずかの人に選ばれていることに感謝しましょう。
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