赦しの確信はまことの礼拝へ

聖書箇所;ルカの福音書7:36~50 メッセージ題目;赦しの確信はまことの礼拝へ  世界の歴史には、光があるところに影があるものです。もちろん、あえて言うまでもないことですが、職業に貴賎なしというのは建前で、実際には、手を染めるべきではないと見なされる仕事というものが存在します。それが何であるかということは、具体的に私が申し上げるまでもなく、私たちは共通理解として持っていると思います。いろいろイメージできると思います。  イエスさまの周りにいた人には、そのような、悪い、と周りに認識されていた仕事に就いていた人が結構いたものでした。そもそも、最初にイエスさまを礼拝するために神さまに呼ばれたのは、野の羊飼いでした。天使の歌声を聞いた羊飼いなどというとロマンチックに聞こえますが、実際は、社会からのけ者にされて安息日を守ることもままならない者たちでした。ロマンチックとは程遠い、ならず者の集団、それが羊飼いです。しかしそんな彼らが最初にイエスさまを礼拝する栄誉にあずかったのでした。  今日お読みいただいた箇所でも、イエスさまのそばにやってきた人がどのような人か、はっきり記しています。世の中の人は、そのような人を罪人扱いして、それ相応の接し方をするかもしれません。しかし、イエスさまはどのように接していらっしゃったでしょうか? 今日の箇所からともに学び、私たちに向けられたイエスさまのみこころを、ともに見てまいりたいと思います。  ひとりのパリサイ人が、イエスさまを食事に招きました。このパリサイ人の名前はシモンといいました。パリサイ人といえば、宗教指導者として律法を文字どおり守ること、守らせることにいのちを懸けた人であり、ストレートに神さまのみこころを語るイエスさまに敵対し、排除しようという思いでいっぱいの存在でした。ただ、パリサイ人はみんながみんなそうだったというわけではなかったようで、たとえばパリサイ人のニコデモという人物は、夜中にイエスさまのところを訪問して、教えを乞うています。  このパリサイ人シモンも、聖書で断罪される意味での反キリストの象徴としてのパリサイ人、というのとはややちがったようでした。もしかするとシモンは、パリサイ人にとって宿敵ともいえるイエスさまを食事に招くようなことをして、度量の広さを見せようとしたのかもしれません。ともかくシモンは、イエスさまを食事に招きました。  時にその町には、罪深いことで名の知れた女性が暮らしていました。遊女、つまり売春婦でしょうか? それとも、多くの男をたぶらかす、妖婦、でしょうか? はたまた、男を毒牙にかけて破滅させる、毒婦、でしょうか? ユダヤの社会には存在してはならないことになっている、口寄せや占いをする人でしょうか? 聖書はそこまで、この名もなき女性について詳しくは語りません。 しかし、ただでさえ女性の地位が低かった時代にもってきて、罪深いことで名が知れていたとは、この女性は、社会からどれほど低められていたことでしょうか。  そんな彼女は、この町にイエスさまがやってこられたといううわさを聞きました。イエスさまが入っていかれた先は、宗教指導者シモンの家です。わが身を思うと、とても入っていけない……しかし、そこにイエスさまがおられると知るや、彼女は恥も外聞も捨ててシモンの家に入りました。  それも、彼女は何も持たずに入ったわけではありません。香油を携えました。芳香を放つ油です。この香油は、このような女性でも人並みの結婚を夢見て、嫁入り道具として大事にしまっておいていたものかもしれません。とにかく、とても高価なものです。聖書を読みますと、イエスさまが十字架にかかられる直前に、そのような高価な香油をイエスさまのみからだに注いだ女性の話が出てまいります。この女性は、けっして安いとはいえない香油の壺を携えて、イエスさまのもとにやってきたのでした。  果たして、シモンの家で食卓に着いておられるイエスさまの姿を見るや、彼女は泣き崩れました。とうとうイエスさまにお会いできた! その感激はどれほどのものでしょうか! むかし、宣教団体のスタッフをしていらっしゃる方のメッセージを聴いたとき、その方がこんなことをおっしゃったのがとても印象に残ったものですが、こんなことをおっしゃっていました。「毎日のディボーション……ある日、この毎日お会いするイエスさまというお方は、総理大臣より偉い、天皇陛下より偉いお方だと気づかされました。そこから、私のディボーションは変わりました。」私たちが心にお迎えし、毎日お目にかかるイエスさまというお方は、それほど偉大なお方なのです。礼拝の導入讃美でも歌いました、「主の御前に立ち 驚き仰ぎ見る」……この「驚く」ほどすばらしいお方という気持ちをもって、私たちはいつも主の御前に出ていますでしょうか?  この女性には少なくとも、その感覚がありました。さて、私たちが食卓というと、テーブルについて椅子に座って食事をする、という感じでしょう。あのダ・ヴィンチの「最後の晩餐」も、そのように描かれているので、あたかも当時のユダヤではテーブルに椅子というスタイルだったように思えますが、あれは西洋的な創作です。イエスさまの伝記映画「ジーザス」を見てみますと、最後の晩さんでは、イエスさまと十二弟子が床の上に座って車座になっていますが、実はあれも正確ではないらしいです。当時のユダヤでは、床に横になって食事をしていた、というのが正解だそうです。実際、ヨハネの福音書を見てみますと、著者である使徒ヨハネがイエスさまの胸のところに寄りかかっていたという記述が出てきますが、それも彼らが横になって食事をしていたということを示しています。  この女性は、横になっておられたイエスさまの足もとに、後ろから近づきました。そして、涙を流してさめざめと泣きました。イエスさまの御足が彼女の涙でぬれたとありますが、彼女はイエスさまの御足を抱いて、その御足で涙にぬれた目をぬぐったのでしょうか。それとも、御足に顔がついてしまうほどにひれ伏したのでしょうか。 これほどまでにイエスさまの御足に近づいた彼女は、その御足に口づけしました。とても高価な香油の壺を割って、その香油をイエスさまの御足に塗りました。  彼女は、自分が何者かということを、世間から思い知らされながら生きていました。しかし、そんな彼女は、すべてをささげてもいいお方にはじめて出会うことができました。それはこの世的な男女の愛とはまったく次元の違う、神の愛により結びつく関係です。恥も外聞も捨てて御足を涙で濡らし、御足に口づけし、御足に自分にとって宝物である香油を塗る……私たちも、イエスさまを礼拝してはいるでしょう。しかし、もし目の前にイエスさまが現れたとして、ここまでの礼拝をすることができるでしょうか? できないとしたら、それはなぜなのでしょうか?  聖書を読み進めてまいりたいと思います。面白くないのはパリサイ人のシモンです。招いたのは自分ではないか。ところが、ここにやってきたこの女は何者だ。罪深いことで有名な女ではないか。その女のなすがままにさせているとは、イエスさまは何をお考えなのか。  私たちは、たとえば元暴力団員の宣教活動である「ミッション・バラバ」の話など、むかしいろいろと悪いことをしていたところからイエスさまを信じて救われたという人の証しを聞くのは好きでしょう。なにしろ面白いものです。しかし、そういう人が実際にそばにいて、一緒に礼拝をささげるとなると、私たちは大丈夫でしょうか? どんな過去があろうとも、イエスさまがその人を受け入れてくださっているから大丈夫、となれる方は幸いです。しかし人はときに、シモンのような反応を示してしまわないでしょうか? この人は罪人だ、の一点張りで拒絶するのです。  イエスさまは否定的な反応をするシモンに、必要な処方箋を施されました。イエスさまはたとえ話を語られました。41節と42節です。とても分かりやすい話です。1デナリが1日分の賃金だから、仮に1万円とすると、50万円と500万円のちがいになります。それは、500万円帳消しにしてもらった方が、50万円のほうよりも多く愛するに決まっています。早い話が、10倍愛します。  イエスさまは、当然の答えをしたシモンに対し、語られました。44節から47節です。  イエスさまはここで、何を問題にされたのでしょうか? イエスさまに対するシモンの態度です。特にこの聖書の記述では、シモンがパリサイ人であることをわざわざ断っているので、イエスさま、そして聖書は、パリサイ人という立場にある者全般の姿勢を問題になさっているとも言えます。  まず、シモンはイエスさまを迎えるにあたり、足を洗う水を出しませんでした。足を洗うのは、外から来た人を迎え入れるためにすべきことで、それは本来は奴隷の仕事でしたが、ともかく、シモンはイエスさまを家の中に招き入れた以上、イエスさまの足を洗ってさしあげてしかるべきでした。それをしなかったということは、イエスさまに対してその程度にしか接しなかった、ということです。口づけですが、これは現代日本のようなところにいるとなかなか理解できませんが、イエスさまの時代のユダヤでは親しさを表現する挨拶のしぐさでした。実際、聖書の中には口づけに関する描写があちこちに登場します。 しかし、相手の顔に実際に唇をつけるわけですから、相当親密な仲だからこそできる挨拶です。それだけに、アマサ将軍を暗殺するために口づけしようとしたヨアブや、兵士たちにイエスさまを逮捕させるために口づけを用いたイスカリオテのユダなどは、ほんとうに、してはならないことをした例であるわけです。しかしこれなどは、愛憎、ということばがあるように、憎しみや怒りの裏返しとしての口づけといえましょう。  それに比べるとこのシモンの場合は、口づけさえしなかったのです。彼はイエスさまのことを預言者と認めてはいたようですが、さしたる重要な関係を持つべき相手と思っていなかったと見受けられます。また、頭に油を塗るというのは、ユダヤのもてなしの習慣で、乾燥する気候の中を歩いて痛む髪の毛を潤してあげるという意味がありました。シモンがイエスさまにそれをしてあげなかったというのは、食事は振る舞ったかもしれなくても、ほんとうの意味でイエスさまをもてなそうとしていたのではなかったことを示しています。  つまりこのシモンの姿勢は、一見するとイエスさまに接しているようでも、実のところほんとうの意味で接しているわけではないわけです。この姿勢は、私たちにとっての反面教師とならないでしょうか? 形式的に礼拝すればそれでよしとする、形式的にお祈りすればそれでよしとする、形式的に献金すればそれでよしとする、形式的にディボーションや聖書通読すればそれでよしとする……そのような表面的なことで満足してしまうのが、私たちというものです。神々しいイエスさまを前にしているのだから、宗教的に振る舞えばそれでいいはずだ……私たちにとってのイエスさまとの交わりは、いつの間にかそのようなものになったりしてはいないでしょうか?  しかし、この女はちがいました。本来ならば水で洗いきよめるべきイエスさまの足は、シモンが洗ってくれなかったので、街道のほこりに汚れていました。それにもかかわらずこの女は、そのままのイエスさまの足に近づき、涙で濡らし、髪の毛でぬぐい、口づけして、オリーブ油どころではない、はるかに高価な香油を塗りました。  イエスさまの足……それは神の国をこの世界に宣べ伝えるために、直接この地の上を歩き回られた御足です。神の国を私たちこの地の者たちに実現してくださるために、イエスさまは神であられたのにその栄光を捨て、人として世俗のちりにまみれて歩まれました。そしてこの御足をイエスさまは、十字架に釘づけにされて血潮を流され、人の罪を完全に赦してくださいました。  この女性はたしかに、罪深いわが身を思ってイエスさまの御足のもとにひれふしました。しかしイエスさまは彼女のしたその行為を、それ以上の本質的な意味を持つものとして評価してくださいました。それは、やがてご自身が十字架によって人を完全に罪から救ってくださるという、そのことを彼女がおぼえて心からの礼拝をささげていることであるということです。ゆえにイエスさまは彼女に宣言されたのでした。あなたは多く愛したのですから、多く赦されています。あなたの罪は赦されました。あなたの信仰があなたを救ったのです。  私たちはイエスさまを愛したい思いでいっぱいでしょう。それはクリスチャンであれば、だれしも同じであろうと思います。 しかし、イエスさまの御目から見れば、シモンとこの女性の愛に違いがあったように、人それぞれの愛にも違いがあることを認めるべきです。  その違いはどこから生まれるのでしょうか? まずそれは、自らをどこまで罪人と自覚しているかです。シモンはパリサイ人であり、厳格にみことばを守る自分を正しいとする人でしたから、自分の罪深さなどとても目が留まらない人でした。これに対してこの女性は、人からそう見られる以上に、自らの罪深さをよく悟っていました。彼女はそれでも、イエスさまを愛したい、イエスさまに赦していただきたい、その思いだけで、傍目から見れば過激にすら思える礼拝行為に踏み切ったのでした。そんな礼拝をすることなどは、パリサイ人シモンには及びもつかないことでした。  そしてイエスさまはこの女性に、「あなたの信仰があなたを救ったのです」とおっしゃって送り出されました。ここで問題にされているのは信仰です。過激な行為をしたことそのものでイエスさまが評価なさったのではありません。行為さえよければ、というのでは、律法を厳格に守り行うパリサイ人でもよいということになります。イエスさまが問題にされたのはどこまでも、彼女の信仰でした。  彼女には、イエスさまならこの罪深い私の罪を赦してくださる、という信仰がまずありました。そこからイエスさまへの愛に満ちた礼拝が生まれました。信仰が愛の行いを生んだのです。  愛の行いに直結しない信仰は、ほんとうの意味での信仰ということはできません。愛の行いにつながっていかないならば、厳しい言い方になりますが、「信じているふり」または「信じているつもり」にすぎません。「ふり」や「つもり」にとどまるキリスト信仰に力がないのは当然のことです。  でも、この女性はちがいました。自分の罪のけがれをどこまでも悟るゆえ、その罪を赦してくださる唯一のお方と信じる、イエスさまに一心に駆け寄り、一心にささげる愛の行いができたのでした。私たちは、社会的地位のある立派な人と、下賤な罪人のどちらになりたいかと聞かれたら、百人が百人、社会的地位のある立派な人と答えるでしょう。しかしイエスさまにかかれば、信仰があるかないかをご覧になり、下賤とされている罪人を社会的地位のある人に勝利させてあまりあるのです。その勝利と敗北はどれほど違うのか? 永遠のいのちがあるかないかです。罪の赦しがあるかないかです。天国があるかないかです。  要は私たちが、イエスさまがいなければとても生きていけない最悪の罪人であるという自覚を持ち、イエスさまにすがることです。この女性のような、イエスさまの御足にすがり、泣いてくずおれるがごとき礼拝をささげることです。もちろん、これはたとえであって、実際に泣いてくずおれてみてください、と言っているわけではありません。この女性は泣いてくずおれてイエスさまに礼拝をささげましたが、私たちの愛の応答もそういう形でなければならないということではありません。 御霊の与えてくださる、ほんとうの感激に満ちた礼拝は、人の演技や見せかけで何とかなるものではありません。形だけ感激して満足するのでは律法主義と同じです。盛り上がった感情に満たされようと礼拝に過剰な演出をするのも同じことでしょう。そういうことをする必要はありません。  ただし私たちは、礼拝をささげるにあたりましては、ただ一つ必要なものがあります。それは「小羊なるイエスさまの血」です。神さまがエジプトに下された死の怒りを過ぎ越された条件は、それぞれの家の門に塗られた羊の血でした。私たちも罪人のゆえに受けるべき、神さまの怒りを過ぎ越していただくために、まことの小羊イエスさまがどんなに苦しんで、私のために十字架の上で血潮を流してくださったか、そのことを覚えて礼拝をささげるのです。人間的な宗教心を満足させる、などという次元で礼拝をささげるのではないのです。必要なのは罪の自覚と、そのためにイエスさまが地塩を流してくださったことを信じ受け入れる信仰です。  その信仰は、私たちの間に愛のわざを生みます。イエスさまを愛するゆえに、兄弟姉妹を愛するのです。この愛し合う姿はこの世に証しとなり、人々は私たちのこの姿を見て、主を礼拝することの素晴らしさを知るようになります。  祈りましょう。神を愛し、人を愛する価値すらない私たちのことを、イエスさまが愛し、かぎりなく赦してくださったと信じる信仰をもって、主のみもとにまいりましょう。